「はい…何でしょうか、常務」


谷女史が緊張した表情で常務に顔を向ける。思わず私の背筋までピンと伸びてしまう。


「今回の件だが――おそらくは良い結果が出るとは思う。それは会社としては嬉しい限りだ」


そう告げる割には常務の表情は冴えないものだ。谷女史も神妙な表情を崩さない。


「けどなぁ…この件は謂わばオマケだ。谷くん、君の仕事は何だ?」


「noxを成功させる事です…」


「そうだな。私が心配しているのは、その〈カヲル〉の事だ」


「と、言いますと?」


周りの誰もが常務と谷女史の会話に集中している。物音を立てる者もいない。


「君もこれ迄見て来ただろう…渾身の一作で華々しくデビューして次の作品が書けない連中の事を」


本来ならば当然の心配だった。佐久間の事をバラす訳にもいかない。


『お土産メールするから、タイミング見計らって…』


佐久間の言葉を思い出してこっそりとテーブルの下でメールを開いた。