*蒼*
「もうこんな時間か。」
少し寝坊してしまった俺。少し急ぐか。
制服を着ようとしたときにポケットからボタンが落ちた。
あっ…。昨日の。

そう。昨日のこと。
いつものように、帰ろうと階段を降りてた。そしたら女子の集団がダッシュ昇ってきて、ある女にぶつかった。よほど急いでたのか、俺に謝ったあとすぐに階段を駆けあがっていった。

そのはずみで落ちたボタン。
ある女のもの。
学年もクラスもわかんねーから見つからないだろうけど、一応持ってくか。

「蒼?起きてるの?ごはんできてるわよ。」
母さんの声が聞こえた。
「今行くよ。」
ボタンをポケットに戻して、俺は部屋を出た。
朝は、母さんが作ってくれる。母さんも父さんも会社をいくつも経営していて忙しい。けど絶対に母さんは俺のために朝ごはんをしっかりつくってくれる。父さんは…家にすら帰ってこない日ばかりだ。
「ごめんね、蒼。もう行かなくちゃ。」
「大丈夫だよ。毎朝ありがと。」
執事やメイドが何人かいる、この家。無駄に広いこの家。俺はこの家が少し嫌い。
「奥様、車の用意ができております。」
「ありがと。蒼のことよろしくね。」
「はい。いってらっしゃいませ。」
母さんが出て行き、ドアが閉まる音を確認して、ため息をついた。
「本日は、何時にお迎えにあがればよろしいでしょうか?」
「今日は歩いて帰るよ。このところ運動不足だし。」
「かしこまりました。」
執事との会話を終えて、ごはんに手をつけた。やっぱり、美味しい。落ち着くんだよな、これ。
「片付けといて。」
そう言って席を立ち、俺は部屋に戻った。
そこにはメイドがいて、今日の学校へ行くための準備をしていてくれた。
「あっ。おはようございます、蒼様。本日の授業は…。」
「いいよ、説明は。」
俺は毎日遮っている。
「申し訳ございません。以後気をつけます。」
メイドは一礼し、出て行った。
コンコン…
「蒼様、車の用意ができました。」
「わかった。」
鞄を持ち、ドアを開け、家を出た。その時俺は不意にポケットの中を確認した。

車の中はいつも無言で、物悲しくも感じる。俺は、ボーっと外を眺めていた。見馴れた背中を見つけ
「止めてくれ。」
「はい。」
キーっ、割と静かに車が止まった。俺はすぐに窓をあけ
「爽汰っ!弘樹っ!」
「おっ!蒼ー!」
二人は車に駆け寄った。
「乗ってけよ、ってか帝は?」
「今日は車だってさ。」
「そうなのか。」
そんな会話の最中に運転手はドアを開け爽汰と弘樹を乗せた。そして車を走らせた。
「毎日、悪いな。」
「いいんだよ。ひとりはつまんねぇし爽汰や弘樹がいてくれた方が楽しいしな。」
「おっ。さんきゅ」
いつもはこのメンツに帝がいる。俺といつも一緒にいる3人は、俺を対等に見てくれる。周りの奴らとは違って。だから俺も気を使うこともなくて、楽でいらてる。
そうこうしている間に、学校の前に車が止まった。
「ありがとう。」
俺は運転手にそう言って、車を降りた。
爽汰と弘樹も
「ありがとうございました。」
そう言って降りた。

「あっ!来たよー!」
女子の黄色い声、もううんざりだ。そう思ってたところに
「おはようございます♪」
嬉しそうに俺達に挨拶した。
「あ。うん。おはよ。」
きっと俺は無愛想だったと思う。でも爽汰や弘樹は
「おはよー。朝から元気だねー。」
笑いながら上手く女子集団をかわしていた。
…俺には無理だ。
教室に行くまでどれほどの女子に挨拶されただろう。わからない。
でも、俺は全部、無愛想に返した気がした。ふいに、右ポケットに手を突っ込むと、そこには確かにボタンがあった。