『佐伯さん、
本当、俺の話聞いてないよね』
『聞いてますってば!』
そんなふうにムッと膨れたって
可愛いだけだよ。
こんなんだから
『ダメ。
心配』
『心配なら
このままにしておいて下さいって
言ってるんじゃないですか』
『ヤダ』
『や、ヤダって、
先輩子供じゃないんだから』
『子供でいいよ』
『拗ねても私は引きませんよ』
『俺も引かないよ』
『じゃ持ち越しですね。
私は帰ります』
『だからダメ』
『離して下さい』
『嫌だよ』
細い腕を掴んで
少しだけ力を入れれば
すぐに俺の胸へと
よろけ倒れる。
抱き止めると
俺の胸の中に閉じ込めた。
『せんぱっ』
もぞもぞ足掻いてるけど、
佐伯さんの力じゃ抜け出せないよ。
『まだこういうことしてないよ』
やっと二人の時間になったのに、
佐伯さんに少しも触れないで帰すわけがない。
それに、
今日からは・・・
『悪足掻きはよしなさい』
動けないように更に力を込めると
『ん、苦しっ』
まさか
そんな声色で返されるとは思わなくて
『佐伯さん、ダメだよ。
そんな声。
ここ学校だよ』
これ以上を求めたくなる。
『なっ、ナニ言ってるんですか!?』
ポンっと飛び出てきた佐伯さんの顔は
真っ赤で
必死に『そういうのダメです。
王子様はそんなこと言っちゃダメです』
なんてまた最初の話題へと返っていく。
佐伯さん、それは差別ですよ。
俺はダメっておかしいだろ?
そもそも《王子様》って
顔も知らない赤の他人が
勝手に俺につけたものだ。
承諾なんてしてないし、
ましてやこのご時世に《王子様》って。
じゃあさ、
『佐伯さんにとって、
王子様ってどんなイメージなの?』
真っ赤な顔を左右に振って
視線をアチコチにむける。
どう見てもそれは戸惑っていて、
今考えてるよね?
って突っ込みたくなる仕草だ。
ないんじゃん、イメージ。
『そ、そうですね。
努力なしに何でも出来て、
顔もスタイルも良くて、
誰がどこから見ても美しいと
思える人で、
平等に何にでも優しく出来る人』
なにそれ。
『ははははは、それが王子様?
ごめん、笑えるわ。
俺、そんなんじゃないよ。
佐伯さんが一番わかってるでしょ』
『いえ、先輩はそうですよ。
何でも出来て、
カッコ良くて、
優しくて』
『俺、努力してないように見えるの?』
『え?あ、いや、あの、
違います。
ごめんなさい。
違います、全然違います』
ブンブン首を振るから、
佐伯さんの髪の香りが舞う。
目眩がするような
幸せの香り。
佐伯さんがこんなにも
近くにいる。
やっぱり俺は
もっと、
もっと、
佐伯さんとの時間を持ちたい。
だからさ、
『そうだね、
王子様って言われてる以上
周りはそう思ってるんだろうね・・・
あのね、
佐伯さん、
俺は佐伯さんと一緒に居たいんだ。
二人の時間を少しでも増やしたい。
来年の4月には俺、卒業するんだよ。
簡単には逢えなくなる。
だから今しか出来ないことは
今したい。
例えば待ち合わせして登校したり、
例えば廊下ですれ違う時は他人のふりっていうあの変な約束をやめたり、
例えば手を繋いで佐伯さんを家まで送ったり、
俺はそういうことしたいんだ』
俯く佐伯さんの頬はいつもの白さを取り戻している。
【堂々と交際しよう】
佐伯さんに会うなりすぐにそう言
うと、
『呪われるから嫌です』
例のアレが返ってきて、
しまいには王子様は皆のものです
なんて言い出して
冒頭の平行線口論となった。
俺にとってそんなイメージはどうでもいいんだけど、
佐伯さんは拘るんだよな・・・
まぁ、心当たりは1つある。
佐伯さんの頭を撫でると、
ゆっくりと顔を上げる。
泣きそうな瞳を見て、
心当たりは確信に変わる。
これは俺のただの我が儘なのかもしれない。
でも、それでも、
『辛い思いをこれからはもっとさせるかもしれない。
そういう不安俺にもあるよ。
でもさ、でも、
もう、理由があるんだ。
ただの先輩と後輩の関係じゃない。
好きな人を助けるのは当たり前だろ?
好きな人を大切にするのは不思議なことじゃないだろ?
佐伯さんを守るためにも
俺は堂々と交際したい』
ーーー二人で逢うココ以外では
あまり仲良くしないでいませんか?
ーーーなんで?
ーーーあ、あの、えっと・・・
恥ずかしい、から?
ーーー嫌だけど
ーーー・・・でも・・・
ーーー佐伯さんが本当の理由を言ったら考えるよ。
ーーー突き刺さるような
視線が・・怖いんです。
佐伯さんはおどけたように視線が怖いって言ったけど、
佐伯さんの瞳にはうっすらと涙の膜があった。
俺が佐伯さんを守りたくても
それは端から見れば
王子様の《贔屓》って見られるわけで、
ーーーわかった。
佐伯さんの言う通りにするよ。
俺は自分で守ってやれないことに
苛立たしさを抱え、
傷付く佐伯さんに気付いていても手離すことは出来ずに、
これまでただただ見守っていただけだった。
佐伯さんの瞳からポロっと溢れる涙。
それを見て思い知らされる。
この小さな細い体で
一人戦い
耐えてきてくれたこと。
『ごめん、
ごめんね、佐伯さん。
でも、それでも
傍にいて。
離れていかないで。
必ず俺が守るから。
守るから。
だから、傍にいて』
ほらね、
俺は王子様なんかじゃない。
愛する人の傍にいて
愛する人のために生きたい
ただの男だよ。
『佐伯さん、
返事は?』
佐伯さんは一度キュッと口の端を結ぶと、『違うんです』と口火を切った。
『違うんです。
私は、私のことは大丈夫なんです。
どんなことを言われても、
どんなことをされても、
私、結構、勝ち気で、
負けず嫌いなんです。
だから、だから大丈夫なんです。
・・・でも、
・・・でも、高野先輩が悪く言われるのは嫌なんです。
私には自慢できるようなものはありません。
自分でもわかってます。
釣り合わないことなんて、
自分が一番わかってるつもりです』
『佐伯さん、それは』
『ま、待ってください。
まだ、まだあるんです。
怖いんです。
すごく、
怖いんです』
『怖い?』
佐伯さんの心の核心部分に迫ったのだろう。
佐伯さんは手で顔を覆い隠すと肩を震わせて泣き始めた。
『佐伯さん、』
優しく包むように抱き締めてあげる。
しばらくすると佐伯さんは小さな声でこう言った。
『私だけの先輩を
誰かに見られたくない』
佐伯さん?
『え、もう一回言って』
今、すごく嬉しいこと言ったよね?
『私だけの先輩を他の人に見せたくないんです』
『それって・・・え?
佐伯さん、それって独占欲ってものじゃ・・・』
佐伯さんからそんな言葉を聞けるとは思ってもみなくて、
驚いて思考の回りが遅い。
キッと睨み見上げる瞳が俺を見詰めるまで、
『は?』とか『え?』とかそんなこと言ってたと、思う。
『そうです。
独占欲です。
私だけしか知らない先輩があるなら、
尚更見せたくない』
『・・・・・・ヤバイ。
どうしよ、嬉しすぎて、顔ニヤケル』
『もう!!私は真剣に考えてるんです。
こんなに表情豊かに喜怒哀楽が変わるとこ、
普段の生活ではみたことないなって』
『そうかなぁ、あぁそうだね。
佐伯さんは特別だから、
他には見せない顔見せちゃうよね』
『ほ、ほら!
それを誰かに見られたくない。
絶対、先輩のこと好きになる』
『くだらない』
『なっ!!くだらないって、
くだらないって言いました!?』
『言いました』
『くだらなくなんかありません。
私にとっては重要なんですよ』
『佐伯さん、やっぱり俺の話聞いてないよね』
『だから聞いてますってば!』
『佐伯さん、好きだよ。
すごく、すごく。
こんなふうに人を想うこと、
実は初めてなんだ。
変わらない。
俺のこの気持ちは変わらない。
何があろうと、
誰が現れようと、
絶対に変わらない。
大切にしたい。
この初めての恋を、
初めて愛した人を、
この幸せを。
俺、大切にしたいんだ。
俺の気持ちが揺るがないものなんだから
そんな不安持つことなんてない』
『俺の心は
きっと
ずっと
佐伯さんに囚われたままだよ』
『先輩』
佐伯さん、
佐伯さんが創る世界は
全てを色鮮やかに色付かせる。
ーーー先輩、見てください。
この壁のココ!!
「吉澤くん、好きです 鈴本」
これって告白ですよね?
ーーー好きですって書いてあるんだから、告白だろうね。
でも、こんなトコにこんな小さな文字じゃ気付かなかったんじゃない?
ーーーん~そんなの嫌です
ーーー這いつくばって何してんの?
ーーー返事ですよ。
あるかもしれないじゃないですか?
ーーー返事って、そこにないんだろ?
ーーーココにはありません。
ーーーじゃ、ないんだよ
ーーーこの一面くらいは希望を捨てたくありません。
ーーーったく、仕方ないな
ーーーあ、あった
ーーーそ、良かったね、
で、なんて?
ーーー「俺も」俺もって書いてあります
素敵ですね。
きっとこの「俺も」って返事が書かれてるこの壁際の席が鈴本さんで、
あっちの鈴本さんの告白が書かれてる壁際の席が吉澤くんだったんでしょうね。
ーーーあぁ、そうだね、
それならその告白に気付くかも。
ーーー先輩、壁ですよ、壁!!
そんな告白の仕方思い付きます?
ーーーいや、俺は
ーーーそうですよね!
思い付きませんよね?
きっと精一杯だったんでしょうね。
伝えたくても勇気がなくて、
でも押さえられなくて、
吉澤くんの席に座ってこれを書いた。
小さな小さな文字が
必死に好きだって言ってるようです。
素敵ですね。
佐伯さんの小さな気付きは俺には出来ない。
その文字を愛しく見詰めることも。
佐伯さんに導かれて、
佐伯さんの感性に触れて、
俺に映る景色の色を変えさせる。
ーーーずっと残ればいいな
ーーーはい
この世界は幸せで溢れているから
もう抜け出せないよ。
真っ赤に腫れた瞼に口付けると、
佐伯さんは瞳に負けず頬を染めて
『先輩は刺激が強すぎます』
と膨れた。
それから佐伯さんは言うんだ。
『囚われてるのは私です。
だから、先輩には敵いません』
敵わない?
それは俺の台詞だよ。
ほら、また佐伯さんへの想いが大きくなった。
『佐伯さん、好きだよ。
じゃ、行こうか』
小さな手を引いて
初めての恋人同志の帰り道。
end