ガタンゴトン。ガタンゴトン。
規則的に響く硬い音と共に、ガラス越しに見える景色が流れていく。
空を覆う鉛色の雲の中から、太陽が弱々しい光を漏らす。微かな光が見下ろす先には、果てしなく広い田園が広がっていた。少し背の伸びた、緑色の稲。その中には人は見えない。忘れ去られたかのように、ただ独り、ぽつんと案山子が立っているだけだ。ガラスを隔てた向こうに見える世界は、どこかもの哀しげだった。
ふと、私が乗っている電車の車内に視線を向ける。乗客は、私を含め3人しかいなかった。どこへ向かうのだろうか、小さな文庫本を静かに読んでいる少女と、高級そうなブロンド色の杖を携えた老人が居た。見える人や物はそれだけだった。3人の乗客は誰一人として口を開かず、車内は閑散としていて、電車の車輪が線路を走る音だけが残っている。
乗客が少ないというのも、当然であろうか。この辺りは田舎だ。人口が少ない上に、公共の交通機関もあまり整備されていないため、移動には電車ではなく自動車を使用する者がほとんどだ。そして、私が向かっているのは、この辺りでも突出して人口が少ない、辺境の村である。私が生まれ育った、小さな小さな村。
ぎゅっ、と。何気なく、胸に抱いていた花束を抱き直す。鮮やかな黄色を湛えたその花は、向日葵だ。ふわりと、少しだけ甘い香りが鼻孔を擽った。
「……眠い」
瞼が重い。静寂の中、何分もガタゴトと電車に揺られていたからか、意識が微睡んでいく。
ーー着くのはまだ先だもの。少しくらい、寝てもいいかな。
ふわふわと、融けるような心地良い感覚に身を任せ、浅い眠りに堕ちていった。

* * *
「次はーー駅です」
ガタン。一際強い揺れと、車内に響いたアナウンスに、はっと目を覚ます。同じ車両に乗っていたはずの少女と老人は、既に降りたのだろうか、姿が見えない。しまった。アナウンスを聞き逃した。その為ここがどこの駅かも分からなかったが、一人ぼっちになったことへの不安感もあり、反射的に慌てて自分の座席の側に置いていた荷物を持ち、開いたドアから外へ飛び出した。
駅のホームの床に足をついた瞬間、背後で電車のドアが閉まる。ゆっくりと、電車が前進し、加速していった。ガタンゴトン、ガタンゴトンと、軽快なリズムを刻みながら。
「……?」
電車の奏でるリズムを遠くに聴きつつ、私の意識は、降り立った駅の表示看板に釘付けになっていた。駅にはそれぞれ、各駅の名称や、前の駅、次の駅の名称が書かれた看板が設置されている。アナウンスを聞き逃したこともあり、駅名を確認しようとしたのだが、設置されている看板には、何も書かれていなかった。
真っ白な、看板の形をしたものが、ただ其処に存在しているだけだった。
「名前の無い、駅?」
そういうことだろうか。この駅には、名前が無い?いや、そんなことは有り得ない筈だ。どんなに小さな無人駅であっても、名前くらいはあるものだ。
辺りを見回してみる。どこにでもあるような、普通のホームだ。灰色のコンクリートの床、線路に近い部分には白線が引いてある。白線から少し後ろには、木製の白いベンチが二つ置かれていた。それは古びていて、白の塗料が所々剥がれ落ちていた。ベンチの向こうには、同じく古びているような引き戸が見える。恐らくは出口であろう。
奇妙な駅に降り立ってしまった為、駅から出ることも少し憚られたが、如何せんここに居続けたってどうにもならないのだ。