そうして話している内に、セピア色の薄闇は、更に濃い黒の闇に呑み込まれ始めていた。いつの間にか、遠くに聞こえた声たちも聞こえなくなっていた。
空はオレンジと紺色が混ざり合い、美しく、それでいて奇妙な色を創り上げていた。

「もう、こんな時間だね。
……私、帰らなきゃ」
彼女はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
先程までの楽しげな姿は消え、闇に溶けるような哀しげな雰囲気を纏う。

ーーああ、もう、お別れか。

「優雨、今日はありがとね!楽しかった!」
「…うん。私も、楽しかったよ」
「じゃあ、私……帰るね?」
ふにゃり。そんな音が合うような、弱々しい笑みを彼女は浮かべた。
何かを覆い隠すような、無理をして作られた偽りの笑み。
そんな笑みを残し、彼女は背を向けて去ろうとする。
と、そこで歩みを止めた。
けれど、振り返ることはしない。敢えて目を合わせないようにしているのか、俯き、こちらを見ずに、口を開く。

「最後に、ひとつだけ」

向けられた背中は、何かに耐えるかのように、僅かに震えていた。

「あの日、会いに来れなくて、ごめんね」

その言葉が耳に届いた瞬間、私の心臓に痛みが走る。受け入れたくない現実。目を、耳を塞いで、必死に拒絶した現実。それが、鋭いナイフとなって私に突き刺さる。

「……っ」

「ごめんね、優雨」





そうだ。
数年前のあの日、彼女はーー沙羅は。
事故で、亡くなったのだ。



私と沙羅が、小学6年生だった頃。
沙羅は、親の仕事の都合で遠くに引っ越すことになった。
そして、この街を発つ日に、彼女は約束してくれた。
「中学生になったら、会いにくるよ」

しかし、その約束が果たされることは無かった。

中学1年の夏休みのある日。
彼女は私に会いに行こうとしていたらしい。

が、その途中に、事故が起きた。
彼女は電車に撥ねられたのだ。即死、だったようだ。
詳しくは知らない。否、知りたく無かったのだ。受け入れたくなかったのだ。彼女が亡くなったという現実など。
夢で有って欲しいと。質の悪い冗談で有って欲しいと。
けれどその願いは、心の叫びは、決して叶うことは無く。
残酷な世界の中に消えて行ったのだ。