給食で食べたことはあったけど、名前までは知らなかったな。
俺は、ピーマンが嫌いだった。
苦いし……。
『ピーマン……』
この時、俺は父親と離れてから初めて喋ったと思う。
ピーマンなんて名前だったら、ちょっと食べる気になってくるな。
『うん、ピーマン。透くん、嫌い?』
女はそう言った。
俺は、顔を上げて女を見た。
女は驚きながら、泣いていた。
『……あ、や、ごめんっ』
女は、俺から顔を背けようとする。
けれど、俺はそれを阻止しようと、女の腕を掴んだ。
怖かった。
また、誰かに顔を背けられるのが。
冷たい顔をされるのが。
だから、今まで人の顔を見なかったのかもしれない。
でも、これも賭けだった。
手を振り払われたら……って思うと、怖くて仕方ない。
だからきっと、女の腕を掴む俺の手は震えていただろう。