「鈴」
そう呼ばれたのは子供の時以来だった。
随分と懐かしい愛称に思わず、雪に胸ぐらを掴まれたままの状態で反応してしまった。
「……琴音さん?」
「こんばんは、鈴さんに雪さん」
「……綾人もいたのか」
如月琴音の顔を見るのは、何年ぶりになるだろうか…。
如月は籠女の世話をする一族だ。
現在中学生である綾人は例外として、必然的に籠女に付き合って山奥の社にひきこもっている事が多くなるのだろう。
幼いオレや雪の面倒を見てくれた世話焼きな女の子は、暫く見ない間に凛とした見知らぬ女の人になってしまっていた。
「お久しぶりですね」
条件反射でニコリと笑うと、間近で雪が舌打ちをした。
琴音に至ってはそんな様子はどうでもいいと言わんばかりに、着物で可能な限りの大股でズンズンと近づいてきた。
「雪、鈴を放しなさい」
「…籠女の世話役如きが突然現れて偉そうに」
「放せ。お前もあてられるぞ」
あまり騒ぎにしたくないのだろう。
琴音の声は小さなものではあったが、含まれた威圧感は雪を怯ませるには十分だった。
なんせ[琴音に逆らうと凄く痛い拳骨をくらう事になる]という幼い頃のトラウマを一瞬で呼び起こさせたのだから。
雪はちょっとだけ驚きに目を見開き、悲しき条件反射ですぐに手を放していた。
それにしても…あてられるとは何の事だろう?
不可解な言葉を追求しようとした矢先、今までに無い程ズキリと大きく頭が軋んだ。
「………っ!!」
小さく呻き額を覆う。
「鈴矢?!」
傾きかけた身体を咄嗟に雪が支えてくれる。
大丈夫━━…と、言葉にする前に再び頭に痛みが走り口を噤む。
ここ数日の間で、頭痛がどんどん酷くなっている気がする。
「どうするの?この様子じゃ鈴さん、もう手遅れかもしれないけど」
綾人の淡々とした言葉の意味は全くわからない。
にも関わらず何やら不吉な事を言ってくれた様な気はする。
「やむをえません…。鈴は霜月さんの…いえ、【椿の姫】の一番のお気に入りらしいですから。失うわけにはいきません……賭けてみるしか」
「僕は反対だけどなぁ。150年前だかの【宝城】(ほうじょう)の二の舞にならなきゃいいけど」
珍しく常に無表情で有名な綾人が苦い顔をしている。
自分は何か、更なる面倒に巻き込まれてしまうのではないかと疲弊した。
もはや頭が割れそうな程の痛みのせいで、抗議の声を上げる気力すらないのが悔やまれる。
琴音は慎重に辺りを見回し、人がいない事を何度も確認すると、突き出した細い人差し指を、オレの額にそっと突き立てた。
「鈴、落ち着いて聞きなさい。お前は災い憑きとなっています」
人差し指が当てられたところが、肯定する様にズキリと大きく痛んだ。
「災い?馬鹿言うな。鈴矢は【椿の姫】の従者になったんだぞ?!災いを返す姫の従者が、真っ先に災いに苛まれてどうするんだよ!」
「もう…雪さん、カルシウム足りてないんじゃないの?」
勢いよく立ち上がり声を荒げた雪のクチを、正面から背伸びした綾人が咄嗟に塞いだ。
「んんーーーー……」
くぐもった声は漏れているが、音量はだいぶ絞れている。
…あれでは早く話を切り上げねば、雪が窒息死してしまう。
「この件は他言無用とします。今日の深夜…決して誰にも見られる事なく、雪と2人だけで籠女の社に来なさい。きっとお前を蝕むモノから救ってくださるでしょう。いいわね?」
綺麗な顔は威圧感たっぷりに微笑んでみせた。
先程の雪同様、悲しき条件反射だった。
オレはしっかりと頷いて返していたのだった。
そう呼ばれたのは子供の時以来だった。
随分と懐かしい愛称に思わず、雪に胸ぐらを掴まれたままの状態で反応してしまった。
「……琴音さん?」
「こんばんは、鈴さんに雪さん」
「……綾人もいたのか」
如月琴音の顔を見るのは、何年ぶりになるだろうか…。
如月は籠女の世話をする一族だ。
現在中学生である綾人は例外として、必然的に籠女に付き合って山奥の社にひきこもっている事が多くなるのだろう。
幼いオレや雪の面倒を見てくれた世話焼きな女の子は、暫く見ない間に凛とした見知らぬ女の人になってしまっていた。
「お久しぶりですね」
条件反射でニコリと笑うと、間近で雪が舌打ちをした。
琴音に至ってはそんな様子はどうでもいいと言わんばかりに、着物で可能な限りの大股でズンズンと近づいてきた。
「雪、鈴を放しなさい」
「…籠女の世話役如きが突然現れて偉そうに」
「放せ。お前もあてられるぞ」
あまり騒ぎにしたくないのだろう。
琴音の声は小さなものではあったが、含まれた威圧感は雪を怯ませるには十分だった。
なんせ[琴音に逆らうと凄く痛い拳骨をくらう事になる]という幼い頃のトラウマを一瞬で呼び起こさせたのだから。
雪はちょっとだけ驚きに目を見開き、悲しき条件反射ですぐに手を放していた。
それにしても…あてられるとは何の事だろう?
不可解な言葉を追求しようとした矢先、今までに無い程ズキリと大きく頭が軋んだ。
「………っ!!」
小さく呻き額を覆う。
「鈴矢?!」
傾きかけた身体を咄嗟に雪が支えてくれる。
大丈夫━━…と、言葉にする前に再び頭に痛みが走り口を噤む。
ここ数日の間で、頭痛がどんどん酷くなっている気がする。
「どうするの?この様子じゃ鈴さん、もう手遅れかもしれないけど」
綾人の淡々とした言葉の意味は全くわからない。
にも関わらず何やら不吉な事を言ってくれた様な気はする。
「やむをえません…。鈴は霜月さんの…いえ、【椿の姫】の一番のお気に入りらしいですから。失うわけにはいきません……賭けてみるしか」
「僕は反対だけどなぁ。150年前だかの【宝城】(ほうじょう)の二の舞にならなきゃいいけど」
珍しく常に無表情で有名な綾人が苦い顔をしている。
自分は何か、更なる面倒に巻き込まれてしまうのではないかと疲弊した。
もはや頭が割れそうな程の痛みのせいで、抗議の声を上げる気力すらないのが悔やまれる。
琴音は慎重に辺りを見回し、人がいない事を何度も確認すると、突き出した細い人差し指を、オレの額にそっと突き立てた。
「鈴、落ち着いて聞きなさい。お前は災い憑きとなっています」
人差し指が当てられたところが、肯定する様にズキリと大きく痛んだ。
「災い?馬鹿言うな。鈴矢は【椿の姫】の従者になったんだぞ?!災いを返す姫の従者が、真っ先に災いに苛まれてどうするんだよ!」
「もう…雪さん、カルシウム足りてないんじゃないの?」
勢いよく立ち上がり声を荒げた雪のクチを、正面から背伸びした綾人が咄嗟に塞いだ。
「んんーーーー……」
くぐもった声は漏れているが、音量はだいぶ絞れている。
…あれでは早く話を切り上げねば、雪が窒息死してしまう。
「この件は他言無用とします。今日の深夜…決して誰にも見られる事なく、雪と2人だけで籠女の社に来なさい。きっとお前を蝕むモノから救ってくださるでしょう。いいわね?」
綺麗な顔は威圧感たっぷりに微笑んでみせた。
先程の雪同様、悲しき条件反射だった。
オレはしっかりと頷いて返していたのだった。