世間一般で【母】と呼ばれる存在が、初めて私を見た。
 幼い私の胸元に、真っ赤な大輪の花が浮かび上がった時だった。
 
 生まれつき身体が弱く、小学校に通えたのは数える程度で…。
 この花が現れてから、以前にも増して体調を崩す事が多くなってしまった。
 むしろ体調が良い日の方が稀だった様に思う。
 
 その日はとても寒い日で、ハラハラと雪が舞っている日だった。
 寒さはそれ自体が毒の様に、私の身体を静かに蝕んでゆく。
 【母】に無理矢理連れ出された私は、村の偉い人達の眼前に晒されていた。
 場所は鬱蒼とした山道を進んだ先にある、小さいけれど綺麗な社だった。

 「この子は【かごめ】になるんでしょう?」
 【母】が私の上着の胸元を寛がせる。
 そこに咲いた鮮やかな大輪の花を見て、大人達の何人かが息を呑んだ。
 それを見て笑う【母】の目は、欲に満ち、淀み、薄汚いモノに成り果てた。
 
 アレはもう、私を見てはいないだろう。
 
 「それで、幾ら貰えるの?」

 ……いや、違う。
 一度たりとも私を見た事などなかったのだ。
 
 「ねぇ、とっととそちらで引き取ってくれません?」

 あの日、胸に大きな血色の花が咲いた日も。
 アレは【娘】ではなく、この身から成る【札束】を見ていただけの事なのだ。