霜月の邸から帰って来た琴音に、会って欲しい人がいると言われた時…真っ先に思い浮かんだのは、母親という存在に至らなかった女の顔だった。
だからあまり面識の無かった同級生の…しかも男の子の…しかもまさか2人も…!
随分久しぶりに聞いた名前に対し、全くその意図が読めず、素直に混乱してしまった。
「ふざけんな…そいつら椿の姫の従者じゃねぇのかよ」
畳に強く拳を打ちつけ、奏が低く唸る。
「絶対に危害は加えさせません。そのための綾人とお前です」
琴音が涼やかに言い放つと、隣の綾人が大きく頷いた。
「任せて。………一度でいいからあの自尊心の塊の様な雪さんを、ボッコボコにしてねじ伏せて、次からは僕を見ただけで震え上がる様にしてやりたいと思ってたとこなんだ」
任せて━━から後は、凄く小声な上に早口だったので上手く聞き取る事が出来なかった。
ただいつも虚ろ気味な綾人の瞳が、かつてない程に爛々と輝いていたので…
不気味な上に嫌な予感しかしない。
久世鈴矢と、天音雪が社に着いたのは、もう少しで深夜3時になるという時だった。
自室として与えられた和室。そこに敷かれた布団の上に座って待っていた私の両隣に、奏と綾人が腰をおろす。
「2人共どうして座るの?客間に行かなきゃ」
しかも2人して肩が触れそうな程の距離で、ガッチリ両脇を固めている。
……凄く、窮屈……なんて言えない。
「絵真の部屋で話すんだって」
よりによってこの部屋で?
全く聞いていないのだが。
…いや、と言っても布団と箪笥と机くらいしかない部屋だ。
見られて困る物があるわけでもないし、別に良いのだが。
どちらかといえば、客が来る時くらいこの薄地の浴衣をどうにかして欲しいくらいである。
「絵真、この意味わかってる?」
「意味?」
奏はこの部屋で話す事に対し、何か思う事があるようだった。
ならば自分もその意味とやらを思案してみようとしたのだが、襖の向こうから幾つかの足音が近づいて来るのに気づき、無意識に姿勢を正していた。
「籠女様、失礼します」
琴音の静かな声の後、そっと襖が空けられる。
そして其処に現れた【異様な光景】に、思わず口元を両手で覆っていた。
寸でのところで悲鳴を飲み込みはしたが、口元に触れる手が震えている。
驚愕に見開かれた瞳のまま隣にいる奏を見やると、彼は私の動揺ぶりに対し酷く混乱している様子だった。