散々に泣いた後の、真っ赤になった目。擦らないように気を付ける習慣はとうに身についていて、落ち着いて目薬を差せば時間と共に普通の人になっていく。

 自分の中で壊れた何かを見せないように。自分の中でちらつく意識は実際常に流れているものではなくて、実際人を前にしてしまえば、割と普通にふるまえるもので。

 ただ少し、冷めた人間だと思われるだけ。気が回らない人間だと、思われるだけ。別に間違ってはいないし、不都合もないから構わない。

 キッチンの方から、二人の会話が聞こえる。きっと母娘で夕食の支度にいそしんでいるのだろう。そろそろお父さんも帰ってくる時間だろうか。

 嫌にゆったりと流れる時間は、優しく緩やかに、それでも私の首を締め上げる。意識の確度に正確に緩急を合わせて、決して殺すまいとするそれに、いっそ終わりを願う程で。


「美波ー!ご飯出来たからおいで!」


 死んだように動きを止めていた身体を起こし、声を張って返事をする。地面に足が付いてもどこか意識がふわふわしていて、軽く両頬を叩いてからリビングに向かった。


「そういえば美波、今日の鉢植えだけどね。なんか葉っぱに変なこと書いてあったよ」


 私がリビングに入って、最初に向けられたのはこんな言葉だった。変なこと、とは一体何だろうか。

 追求を口にしようと選んだ言葉を喉元に準備し終わる前に、テーブルの上に置いてあった葉を私の元まで持って来た。


「この葉っぱなんだけどね。美波は意味、分かる?」