「まぁそれはいいとして……そろそろ起こそうと思ってたところだったんだ、朝食できたところだったから」


 ちょっと待っててね、とベッドの傍を離れた芹人は、台所へ向かう。
 今更ながら、学生の一人暮らしには少々広い家だ。そんなことを思いながら床に足を着け、私もまた台所に入った。

 意識してみれば、酷く食欲をそそられるいい匂いだ。器によそわれるそれは、どうやらスープパスタらしい。


「あぁ、美波ちゃんは向こうで座ってて」


 何か手伝えることはないかと周囲を見回していると、制止する声が掛かった。私からすれば負担でも何でもないのだが、彼はあまり私を働かせたくないらしい。

 食い下がろうとしてやめる。分かった、と一言残して私は戻った。

 脳裏を掠めた、先程まで見ていた夢のやり取り。唐突に滲み広がる惨めさに唇を噛み締めた。口内に充満する鉄の味は、混ざった唾液を嚥下しても消えない。


「……美波ちゃん?」


 お盆に食事の用意一式を載せて戻ってきた芹人が、私の顔を覗き込む。いや、顔と言うよりその目線は、唇一点に注がれている。浅い憂懼を伝える瞳の色に動揺した。


「芹人、……どうしたの?」

「こっちの台詞だよ。血、出てる」


 折角綺麗な紅梅色なのに、と眉尻を下げるのを見て、罪悪感に似た思いが湧いた。黒ずむ前の鮮やかな血は、それでも紅として差すには生々しすぎるのだろう。

 謝罪の言葉を口にしたところ、首を横に振られた。途端、不安に駆られる。


「それより、朝食食べようか。パスタだから伸びると勿体ないし」


 はぐらかされた、そう感じた。追及する勇気こそなかったものの、私の中ではその不安は終息せず、目を伏せて頷くだけ。手を合わせていただきます、と零し、フォークを手に取った。