「寧ろ嬉しかったよ。美波ちゃんの怒鳴り声、聞いたの初めてだったし。録音してなかったのが惜しいけど」


 前半は嬉々として、そして後半は残念そうに口にする言葉は、実に思いがこもっていて。

 これが本当なら、……怒声であっても聞きたいと思ってくれる人がいるなら。その理由が、私が私であることなら。

 彼だけでない、それに満たされそうになってしまう私もまた、他者から見れば十分に、どうかしているのかもしれない。

 返す言葉も思い浮かばず、ぼんやりと考える。考えたところで、答えは出ない。そしてそのぼやけた思考に亀裂を入れる、……と表現するには少々間抜けな音が、沈黙を破った。


「……あの、」


 思いつかない。弁解も誤魔化しも、できる気がしない。それでも口を開かずには、いられなかった。

 これでは、早く朝食を食べさせろと急かしているようだ。早く何か言わねば、そう思うのに。


「いや、芹人……何を…………」


 それを差し置くことになっても、これは流せなかった。彼が手に取ったのは傍にあったカメラ、レンズは此方に向けられている。

 何をしようとしているのか、そんなことは正直どうでもいい。分かり切っている。私が質したいのは彼が何を思ってそのカメラを取ったのか。


「あ、駄目だよ表情キープしてくれないと。さっきの恥ずかしそうな表情、よかったのに」


 聞かなければよかった。私自身の考えなどすっ飛ばして、脊髄反射でそう返しそうになる言葉。

 嫌な訳ではない、けれど羞恥と焦りが駄々漏れの表情を記録されるのは、少々抵抗がある。他人に流れるようなことはないだろうけど。