「……怒ってないの?」


 いくら寝ぼけていたとはいえ、起き抜けに怒声を浴びせた私に対し、この態度。怒られた方がいいという訳でもないが、当然引っ掛かる。

 そして、優し気とは決して言えないこの笑み。現状のどこに彼を愉しませる要素があるのか、と考えてみたものの、無駄骨折りに終わった。

 そもそも彼の思考は私には理解しがたいものだという事実を、忘れてはいけない。いや、私だけではなく、きっと一般的なものの見方では、彼を理解するのは難しいだろう。


「僕が美波ちゃんに怒るなんて、ある筈ないでしょ。……ここから逃げ出そうとでも、しない限り」


 先程までは感じられなかった温かい気持ちが、じわりと滲む。理解しがたい、それでも私の居場所はもうここしかない。


 彼には言えない。

 逃げ出そうとなんてしない、だから、約束して。私を、私だけを求めて、決して手放さないと。

 言える筈ない。期待すればするほどに、裏切られた時の絶望は大きくなるもので。……でも、こんな恐怖はいつ以来だろう。期待を抱いてしまうのは、随分久しぶりなことに思える。


「……そっか、ありがと。でもごめんね、吃驚させたでしょ?」


 震える声にすら自己嫌悪を覚える。負の印象を与えないだろうか、これを切っ掛けに嫌われたりは。

 当の彼はそんな私の不安など気付きもしないようで、それどころか予想を上回る爆弾を投下してきた。全く、これだから――期待、してしまう。