――瞼の向こうが、赤い。差し込む光に歯向かうように、私は肩まで掛かっていた布団で、顔まで覆った。

 しかし、キッチンの方から聞こえる雑音に、眠りは妨げられる一方。いっそ血管が切れそうな程の苛立ちに、私は布団を撥ね退け、上体を起こした。


「あぁもう!朝からガチャガチャ何なの!!!」


 ……寝ぼけて、いたのだろうか。いや、仮に私の現在地が自宅だったとして、私はこんな風に叫べただろうか、否だ。

 え、と。そう、ここは私の部屋じゃない。私が横たわっていたのは、私のベッドではない。そして、キッチンで物音を立てていた人物もまた、私ではない。更に言えば、この家の中にいるのは、私ともう一人だけ。


「あれ、美波ちゃんおはよう。起こしちゃったかな」


 サァッと、顔から血の気が退いていく。やってしまった。あぁ、ここで彼を怒らせて、捨てられてしまったら。

 身体としては、あの家に帰ればそれで解決だ。どこに行ってたの、心配したんだから、なんてそれらしい台詞で迎えられ、日常に戻る。でも、心はどこに帰ればいいの。


「……どうしたの、夢見悪かったとか?顔色悪いよ?」


 いつの間にか止んでいた、キッチンの物音。ベッドの脇に屈み込んだ芹人が、私の顔を下方から覗く。

 言葉を返す余裕もなかった。彼の言葉に目覚めまでに見ていた夢を思い出し、殊更気分が悪くなる。


 肩から背中にかけてを、そっと摩る芹人。しかしその表情は、心配とは程遠い。寧ろ愉悦に近いようなそれに、口にする気力こそないものの、純粋に疑問符が湧く。