「ずっと、待ってたんだ」


 待ってた、とは何をだろう。片付けをする筈だった手も止まったまま、彼の言葉に耳を傾け続ける。私をここに迎えることを?流石にそれは今更だろうか。

 それでは、他に何か、彼が待ち侘びることがあったのか。新たな心当たりに行き着くより先に、彼の口が答えを告げた。


「……美波ちゃんの声で、僕の名前を呼んでもらう時を」


 薄く開いた口が、塞がらない。その意味を追及するように、彼の目を只管覗き込む。

 普通なら、ここで喜んでしまってもいいのかも知れない。しかし、ここで理解したつもりになるのは、私には早計に感じられる。求められることに、不慣れすぎる。

 もう少し、直接的な。確かな言葉が欲しい。そう、思ったのだけれど。


「片付けの続き、しようか」


 あと一歩が足りない、宙ぶらりんのままの期待は彼に無視され、買ってきた荷物の片付けが始まる。

 二人の首を、気付かれもしない程緩やかに締め上げ始める、小さな矛盾の欠片。全て揃い辻褄が合ったとして、それさえ認識できるか危うい。


 買い込まれた食料は、いかにもこれから調理するための材料と言った感じのもの。一人暮らしともなれば、男の人でも料理はするものなのか。

 日頃キッチンに立つことのない父を思い浮かべていると、もう丸二日その父と会っていないことに気づく。気づいたのに、寂しいと感じない。その事実が、悲しかった。

 だって、お父さんもお母さんも、結局私なんかよりも。……あの子の、方が。