「よかった、いてくれて」


 私の姿を確認して、第一声。その柔らかさ、優しさは、誘拐という語に似つかわしいものではなく、自分の置かれている状況を忘れそうになる。

 対応に困った半開きの口は無意識に閉ざされ、手持無沙汰なのに任せて、袋の取っ手に手を掛けた。


「あぁ、僕が持つから美波ちゃんは…」

「いいの、持たせて」


 彼が持っていた袋は、計三つ。これを一遍に持って来たのか、これが男女の差と言うものだろうか。

 私が引っ手繰ったのは最も近くにあった一つだけ。正直全部はおろか、二つも同時に持てる気がしなかった。

 キッチンまで運び終えたところで、その判断は正しかったとしみじみ思う。一つの袋にどれだけ詰め込んでいるのだ。


「……空気が篭ってるな。美波ちゃん、悪いんだけどそこの窓、開けてくれる?」


 彼には、女子高生一人を攫ってきたのだという自覚はあるのだろうか。それさえ疑わしい程の緊張感のなさに、呆れつつ生返事をする。

 そこの、とはここの窓でいいのか。食器棚の傍の小さな窓、その鍵に手を掛けた。

 途端に流れ込んでくる風はまだ冷たく、三月末という今の時期を確認したくなる。

 さて、買ってきたものを片付けねば。先程まで私がいた部屋の窓を少し遅れて開いた彼に、声を掛けようとして思い出す。


「ねぇ」

「ん、どうしたの?」


 彼は気づいていないのか、はたまた敢えて何も言わないのか。


「あなたの名前、なんて言うの?」