「大したことじゃないよ。今日の予定を確認してただけ」


 カレンダーでも掛かっているのだろうか、当然ではあるけれど、一度もキッチンには立ち入ったことが無いため、想像しか出来ないけれど。

 相槌を打つ必要性も特に感じなかったため、自然と閉じた口を再び開けることもせず、茫然と焦点を撒くように部屋を見渡し直した。

 夥しい数の私の写真、それ以外は先程目にしたものばかり。可動範囲が極端に狭められた現状では、既に視覚で楽しめる希望は失われている。

 考えてみれば、昨日と状況は変わらず、彼は私をどうとでも出来る状況なのだ。

 例えば震えて怯えるだとか、大声で騒ぐだとか、一晩置いて自身の置かれた状況を更に呑み込んだ上でそんなことをしたとしても、きっとおかしくないだろう。

 しかし、私の頭の中を、もっとも多く占めていたのは、この一言。


「……暇」


 一見ただの能天気とも取れる発言だけれど、自分がどうなろうとどうでもいいだけだった。

 それに、沢山の“私”に囲まれて、ロープできつく縛られて、居心地なんていい筈のないこの空間が、何故か。

 何故か、私にほんの少しの、幸福感さえも、齎しているのだ。


「そっか、そうだよなぁ。…ちょっと待ってて」


 どうやら淀んだ空気にすんなり溶けたと思われた言葉は確り彼に届いていたようで、独り言だというのに返事があった。

 ちょっと待ってて、その言葉には特に悪意はなく、肩の力を抜いて、彼が戻るのを待った。