私の好きな人は、うちには帰ってこない。

いつも、私を見てくれない。他の子ばっかり。
最初の方は帰って来てくれた。
私の自信のない料理も、微笑みながら「美味しい」っていってくれた。
だから、君の好きな料理を練習した。

容量の悪い私は、一苦労だった。
しかも、私はその料理が嫌い。食べられるけど、嫌い。

私の好きな料理は彼が嫌い。食べたくない、だって。
だから、彼と過ごすようになってからは、自分の好きなもの一回も作った記憶がない。

ほんとは、一回くらいは食べたい。でも、いつ帰ってくるか分からない彼のことを考えたら

その料理は作れなかった。


金曜日の夜。いつも通り、8時を過ぎても帰ってこない。
結構頭のいい大学に通っている彼は、勉強に集中したいと言っている。



彼が、帰ってこなくなった日が増えて一週間くらいして、
なんで遅いのか聞いてみた。
「ああ、ちょっと。友人がさー、勉強分かんないって言ってきて教えたり、教授が・・・」
など、帰ってきた回答は超模範的なものだった。


でも、「なにそれ、超模範的」って言おうとしたけど、彼が不機嫌ぎみだったからやめた。
喉まで出掛かった言葉。


「一緒にご飯くらい食べたいよ」


その場は、聞き分けのよい''自分''を演じた。
嫌われたくないの一心で。離れたくないの一心で。

もう、時間は一時間経っていて、映画が放送される9時の時間帯。
彼の為に作ったご飯はすっかり冷めてしまっていて、
テーブルには一つ分、人数より多かった。

「今日は、・・・あぁ、ヒットした医療モノか」
あんまり、そういう話の物語は好きじゃないがおもしろいものは、
おもしろいんだよな、と考えながら冷蔵庫から、持ってきたものは、

ケーキ屋に売っていた小さいカップケーキと、アップルパイ。

その映画は、主人公には素敵な彼氏様がいたようだ。
もはや、恋愛映画?などと思っているうちに、場面が展開した。主人公の誕生日にその彼氏が指輪をプレゼントしたのだ。

その時、涙が零れた。静にボロボロ泣いてた。
そんなことないって思って一口食べたアップルパイは、
今までで、一番美味しくなかった。

嫌いな食べ物より、不味かった。
テーブルの上には、小さな小さな水たまりができていた。