頭を打ち付けて記憶喪失、っていうのはたしかによく聞く。でも、漫画とか小説の中だけの話だと思ってた。
喪失まではしないかもしれない。事故の前後の記憶が飛ぶだけとか、それならまだいい。
でももし、私の事なんか綺麗さっぱり忘れちゃったら?
──忘れてなんか、欲しくない。
今、確かにそう思ってしまった。木村君と過ごした事をなかった事にしたくないと、強く……。
「私が買い物になんか行かせたから……っ」
いつも強気で陽気な木村君のお母さんが、弱々しいところを見ると泣きたくなってくる。
「……嘆いたって仕方ないだろう。それに、誇らしいじゃないか。身を呈して人助けをしたなんて」
そんな木村君のお母さんの隣で、旦那さんがお母さんの肩をさすりながら優しく微笑んだ。
「それは……私だって、その子が悪いとまでは思ってないわよ。その子がちゃんと助かったのは嬉しいことだし……」
「木村君が助けた子、無事だったんですか?」
「ええ。ちょっとビックリして暫く泣いてたけど、今はもう全然。向こうのご両親が凄く丁寧に謝ってくれたわ」