思えば父親が私に頼み事をするなんて、初めてのことだった。
何とも形容しがたい眼光で真っ直ぐと見つめられたら、蛇に睨まれた蛙の様に瞬きさえも出来なくなる。
今まで私に組の事に頭を突っ込ませなかった父が頼むほどのことだ。そう簡単なことだとは思えない。
けれど、この状況で断れるほど私は馬鹿ではなかった。
「...いいよ」
負けじと父親譲りの眼光で見つめ返す。
すると父は今までの強面が嘘のようにニカッと陽気に笑ったのだが、私にはその表情の差さえ逆に不気味に思えた。
「いい女になってきたやないか、さすが俺の血が流れてるだけのことはあるなぁ?」
その自惚れた言葉は受け流し、「それで」と切り返す。
「頼みって何」
父はあぁ、と煙草を取りだし高そうなジッポで火を付け、肺いっぱいに煙を吸い込みゆっくりと吐き出したところでやっと言葉を続ける。
「最近若いのを一匹拾ったんやけどな、」
若いのを一匹...そこらへんのチンピラだろうか?
「そいつが...ちょっと厄介な犬でな。えらいのを拾ってきちまったと思ったが、そのまま捨てるのも勿体ないやろ?うちで餌付けしておこうと思ってな。」
つまり、腕のいい奴を見つけたから華城組に入れておきたいけど、そいつが組に入るのを嫌がっていると言うことだろうか。
「...そんなぽっと出なんか役に立つの?無理に入れることないじゃない」
「いや...アイツを堅気にしておくのは勿体ない。他の組に取られる前にウチに入れておく。」
父がそこまで言うなんて、どれほどの人間なんだろう。でももっと疑問なのは、そのことと私に何の関係があるのかだ。
「それで、私はどうすればいいの」
「あぁそれ、そいつ桐山 玲音ゆうやつなんやが、お前知らんか」
「きりやま...れお?」
記憶力が良いわけではないけど、一度あったことのある相手の顔や名前は一応覚えているつもりだ。
ざーっと脳内で桐山玲音を探してみたものの、全く出てこなかった。
「...さぁ、知らない。」
「そうか...あいつはお前の事知ってるふうだったんやが」
「え?」