流二が目覚めると、隣に温かいぬくもりを感じる。
ふと、横を見ると瑠里が静かに寝息をたてて眠っていた。
流二は一晩中瑠里の過去をゆっくりと聞いた。
途中で瑠里が震えると頭を撫でて、涙を零すと拭いてやる。
瑠里が負った傷は大きい。
流二は眠っている瑠里の額にキスをした。
噂は当てにならないな…
瑠里はやはりストーカー被害を受けていた。
だが、やはり瑠里は性格はとても優しい普通の女の子だった。
それは、流二も告白する前から充分承知していたが、昨日は流二が知らなかった事実が発覚したからだった。
瑠里はあの社内でも有名なお喋り男とは付き合っていなかったらしいのだ。
大学時代のストーカーは瑠里の元彼氏だった男らしいのだが、その男と別れてからストーカーされるようになりそのまま男性不信に。
そして、大学時代は誰とも付き合うことはなく卒業し、就職してから付き合ったのは流二が初めてだと言うのだ。
流二は耳を疑った。
そして、今まで引っかかっていたものがスッキリと剥がされていった。
おかしいと思っていたのだ。
瑠里は噂で言われているような人間ではない。
『大野瑠里は付き合った男に指一本さわらせてくれない傲慢女。』
『男不信のくせに告白を受け入れる尻軽女』
瑠里は一度も社内の男からの誘いを受け入れたことはなく、全て断っていたらしい。
そもそも何故そんな噂が広まるようになったかといえば、そのお喋り男が原因のようだった。
瑠里は、何度もその男からの食事の誘いを受けたが全て断っていたと言う。
だがそれでもしつこい男からの誘いで瑠里のトラウマが頭の中で何度もフラッシュバックされるようになり、かなり悩んでいた。
それを心配した友人の千代子さんが瑠里を護衛するかのように度々千代子さんの彼氏と一緒に瑠里を家まで送ってくれていた。
それを目撃したその男は何を勘違いしたか千代子さんの彼氏を瑠里の彼氏だと思い込み、フられた腹いせに嫌がらせをしてくるようになったらしい。
その一つが瑠里のあの噂だ。
『大野瑠里は彼氏に毎日家まで送らせておいて、指一本さわらせてくれない傲慢女』
瑠里は最初にその噂を知った時、安心したらしい。
もともと、男性不信だったから更に男に幻滅はしたが、それ以来その男から誘われることは無くなり、他の男性もこれで声をかけてこなくなるだろうと思ったからだと言う。
しかし、それでも構わないという別の男から誘われるようになりそれを断ると『やっぱり、傲慢女だな。』と言われたらしい。
そうこうして、かなり落ち込み男性不信も進む一方だった矢先、流二が現れたと言う。
『流二さんなら大丈夫だって思えたの。でも、やっぱり男の人が恐くて噂話を使って流二さんを試すようなことしちゃって……』
瑠里が最初に言った、「毎日家まで送る」と言う約束を流二は今日まで本当に毎日守ってくれて、
瑠里はそれに申し訳なさと罪悪感を感じていたらしい。
『本当は毎日送ってくれなくてもよかったの。運転手扱いしたくなんてなかった。でも、どうして流二さんが私にそこまで優しくしてくれるのか分からなくて恐かった。』
瑠里の声は涙も混じりながら途切れ途切れに流二に訴えてくる。
流二は瑠里をなだめるように優しく肩を撫でる。
それに応えるように瑠里も流二の胸に顔をうずくめた。
******
瑠里は瞼に柔らかい感触を感じながら、夢の狭間にいた。
まだ眠っていたい…
心地いい……
しばらく瞳を閉じて夢の余韻を味わっていると、また瞼に柔らかい感触。
そして、瑠里は目を覚ますとそこには流二が優しく微笑んでいた。
まだ頭がぼんやりとしていてこれが夢か現実か区別がつかない。
「おはよう。」
流二におはようと返すと瑠里はこれが現実なのだと理解した。
流二に自分の話をしたことも、初めて流二の前で泣いたことも、お店までわざわざ迎えにきてくれたことも、思い出す。
そして、1番重要なことを思い出す。
瑠里は昨日初めて流二に言ったのだ。
ストーカー被害を受けてから付き合ったのは流二が初めてであると。
瑠里は自分の発言を思い出して体温が一気に上がるのを感じた。
元々流二の事は知っていた。
新入社員の頃に、研修期間があり、瑠里のグループの教育係を担当していたのが流二だったからだ。
その時に、1人の先輩として、ステキな人だなとは思ったが、それ以上の事を望む程、瑠里の心は回復していなかった。
瑠里は幼い頃から"可愛い"、"美少女"と言われる事が多く、自分の容姿が良くも悪くも目立つ事は自覚していた。
かと言って、自分の容姿に近づいてくる男には全く興味を持てず、高校生まで特に恋人という存在を必要と感じた事もなかった。
そんな瑠里も大学生になり、少し気になる異性が初めて出来た。
周りも大学生活に浮かれて恋人が増えている時期だった事もあり、瑠里も恋人という存在に憧れるようになっていた。
そんな折、気になっていた男の子が瑠里に告白してくれたのだ。
瑠里は嬉しくて二つ返事で了承した。
彼は至って普通の男の子だった。と瑠里は思う。
そんな彼がだんだんと豹変していくのを瑠里は戸惑いながらも、受け入れようと努力していた。
瑠里はキャンパスでも目立つ存在だった。
新入生の中でも指折りの美少女だと噂されていると、友人からからかわれたりもしたが、瑠里は特に気にもしていなかった。
彼が瑠里の彼氏だということを不釣り合いだとか
、悪く言う人がいた事も瑠里は全く気にしていなかった。
皆は彼の良さを知らないだけだとさえ思っていた。
だが、彼は違ったようだった。
どうして瑠里が自分と付き合っているのか、どこがどういう風に好きなのか毎日のように聞かれた。
同じ事を言うと、怒るようになった。
違う良いところを言おうとして言葉に詰まると激しく怒鳴るようになった。
彼が変わっていくのが怖かった。
そして、ある日とうとう彼が瑠里に暴力を振るうようになったのだ。
その日から瑠里は彼を避けるようになった。
会うのが怖くなり、2人になるのがもっと怖かった。
瑠里が別れて欲しいと言っても、彼は瑠里の一人暮らしの家まで押しかけてきてドアを叩いてくる。
合鍵は渡していなかったのがせめてもの救いだった。
両親に相談し、部屋を変えてもらったが、すぐにまた部屋を特定されて付きまとわれた。
毎日のようにチャイムが鳴る。ドアが叩かれ、ドアノブがガチャガチャと壊れるのではないかと言う程音を立てる。
とうとう学校に相談し、警察へも相談するまでになった。
警察からの注意を受けてから、一旦は彼の行為は静まっていたが、それからしばらくするとまた同じ事が始まった。
また恐怖に怯える日々が始まったと思ったが、それからすぐに学校へもあまり出席しなくなっていた彼は大学を退学したようだった。
彼の両親も、彼の変わりように驚いていたらしい。
両親が彼を強制的に実家へと連れ帰った。
それからは今のところ彼からのストーカーともいえる行為は受けていない。
そして入社してからのトラウマであった、厄介な先輩の話もした。これには流二もある程度噂を聞いていたので知っていただろうが、事実は少しどころかかなり湾曲されて噂として流れていた事に流二もかなり驚いていた様子だった。
流二はいつも通り穏やかで。全てを静かに聞いてくれた。
「辛かったな」と何度も頭を撫でてくれた。
流二が告白してくれた時は凄く驚いたのを思い出す。
つい、いつもの様に噂を利用して、「帰りは私の家まで毎日送り届けてくれますか?」と聞いてしまったのだ。
流二はそんな瑠里に嫌な顔せず「あの噂、本当だったんだ。」と軽く笑っていたのが印象的だった
まさか、あの倉崎さんが私の彼氏……!
私を好きでいてくれてた…?
信じられない…
本当は凄く嬉しくて、柄にもなく舞い上がっていたのが懐かしい。
最初の頃は緊張し過ぎてろくに会話も出来なかったくらいだ。
それが、今では当たり前のように隣にいてくれる。
瑠里は幸せいっぱいに微笑んだ。