夜、辺りがすっかり寝静まった頃、竜太郎は一人店に佇んでいた。

もと『らあめん堂』だったこの店舗は、いまやガランドウ。
だが、商店街の大半の店は住居に様変わりしたというのに、この『らあめん堂』はまだ店の形だけはしっかりと残っている。



店舗については、過去竜太郎と幸子がこんなやり取りをしたことがあった。

「母さん、店はいつまで残しておく気だい?」

「いつまでって、そんなの決めてないさ」

「だったらサッサと壊しちゃった方がいいんじゃないのか」

「別にいいよ、お金もかかるし」

「金なんか、俺が出してやるって」

「でも私ゃずっとこの家で暮らしてきたからね。何も変わらない方が落ち着くんだよ」

「まあ住んでる母さんがそう言うんならしょうがないけどさ」



こうして幸子の希望通り、店舗はそのまま残った。

あのときは思いも寄らなかったが、母さんが頑なに店の取り壊しを拒んだのは、やはり父さんをずっと待っていたからなんだな、と竜太郎はいまさらながら理解する。

そのとき、竜太郎の耳に「いらっしゃい」という威勢のいい父の声が聞こえた。
続いて「ラーメン一丁」という母の声。