竜太郎はにこやかに言う。
「な、まだ夫婦なんだから遠慮することなんかないんだよ」

源太郎は戸惑っていた。
二人の様子は、さっきまでとは全くの逆である。

源太郎はボソッと言う。
「俺ぁ家族や店を捨てたんだぜ。家の敷居をまたぐ権利はねえよ」

「何を堅いこと言ってんだ。父さんが顔見せれば、母さんきっと喜ぶぜ。だからさ、家に帰ろ、な」

源太郎は黙って小さく頷いた。



30年ぶりに親子三人揃っての笠松家。

竜太郎が源太郎を連れて帰って来たときは、目と口を大きく開けて驚きの表情を見せていた幸子だが、いまはまた居間でTVを平然と観ている。
居間の隅では竜太郎と源太郎が胡座をかいて並んで腰を下ろしていた。

この気まずい雰囲気をなんとかしようと、竜太郎が幸子に話し出す。
「父さんはこの30年、ずっと結婚もしないで色んな店に行ってラーメン作ってたんだって。スゴいよな」

すると幸子は、顔をTVの方に向けたまま言った。
「知ってるよ、そんなこと」

意外な言葉である。

竜太郎はすぐに聞き返した。
「え、知ってるって?」

「この人、時々こっちに電話してきてたんだよ。いまどこそこにいるってね」