「ありがとう、もう大丈夫」


黙ったままじっとしていたから長く感じたけど、実際には数分と短い時間だった。たったそれだけの時間で桂馬はとりあえず落ち着いたらしい。


「落ち着いたみたいで……よかった」


これしか言えなかった。あんなに辛そうな顔を見るのはきつかったから、落ち着いた表情を見せてくれてホッと胸を撫で下ろした。


「格好悪いところ見せちゃったな」


あーあ、となんでもなかったように彼は言う。けれど、真っ赤な目と無理やりに笑っている顔になんでもないなんて事はないってはっきりと分かる。


気づかないふりをして、いつも通りに接するのが今の桂馬が求めている私だと思う。


弱いとこを見せないようにしている姿は格好悪くなんかなくて、むしろ格好いいくらいだよ。だけどさ、私に位もっと弱さをみせてくれたっていいじゃないかとも思ってしまう。


私なら桂馬の気持ちに一番寄り添える自信さえもあるのに。


浮かんでしまう考えを振り払うために、だめだ、だめだ、と言い聞かせる。そんなの私の我儘で、エゴでしかないんだから。





「やべー、これ泣いたのばればれだな」


鏡貸してと、言うだけ言って私の答えを聞く前に、私の鞄の中から鏡を取り出すと、自分の目元を確認していた。


「腫れるほどじゃないし、すぐに戻ると思うよ」


桂馬の目元にそっと手を触れて、目を覗き込んだ。泣いたと言ってもわんわんと長時間泣いたわけではないし、腫れてないからそんなに気にする必要ないと思う。このくらいならあっという間に元通りだよ。


「さすが、経験豊富な泣き虫さんは違うな。千夏はすぐに泣くもんな」


さっきまでの顔が嘘みたいに、私をからかうように笑っている。もういつも通りの桂馬が目の前には居た。


「一言余計だよ。もう桂馬の前では泣かないよ。一人で枕を涙で濡らしてやるんだから……はは「はははは」」


ぷうっとわざとらしく頬を膨らませて応戦する。目が合うと2人で声を漏らしながら笑ってしまった。


気丈に振る舞う彼と同じように私もいつも通りを心掛けた。これ以上触れれば、どんどん傷が深くなってしまうだけだから。