「千夏に成績越されないかヒヤヒヤもんなんだよ、俺は」


……なんだ、そんなこと気にしていたんだ。桂馬にもやっぱりプライドというものが存在するらしい。


「それはありえないから心配しなくていいよ」


だってさ、いくら頑張ってみているとは言っても、桂馬の努力には敵わない。現状に納得してしまっている私にこれ以上は無理な話。何事も流れに身を任せて、無理やりにでも現状を受け入れようとするのが私の悪い癖かもしれない。


「千夏は頑張ればもっともっと成績伸びると思うけどな。……そんな気、更々なさそうだけど」


「もちろん。私は今に満足してますから。だって、こんな世の中いつ何がどうなるかなんて分からないから。桂馬ほどストイックにはなれないかな」


そう、私を置いてけぼりにする世の中に諦めを感じているのかもしれない。私だっていつ消えるのか分からないんだから、努力したって……という気持ちが心の奥底に確かに存在している。


「そんな事言うなって……」


静かなトーンで頭上から降りてきた言葉に、ふと顔を上げると、見えたのはとても寂しげに笑っている桂馬。


無理やりに笑おうとして、けれどちゃんと笑えてはいなくて歪められた表情に、私の胸が苦しくなった。


――ぎゅっ


時々触れていただけの彼の掌を咄嗟に握りしめた。


そんな顔しないで。今度は私の顔から表情が消えていっていることに自分でも気が付いた。


「……悪い、帰ろうか。今日は千夏が来るって奏太に教えてるから、首を長くして待っているはずだから」


開いている掌で優しく私の頭を撫でてくれた。私はコクンと首を縦に振る。


そして、手は繋いだまま、桂馬の家を目指すべくゆっくりと歩みを止めることなく足を進めた。