「ってな、事がありまして」
「何それ少女漫画みたいなの!」


翌日。
奈緒に駅で起こった出来事を全て話した。奈緒は机に身を乗り出して聞いていた。
あの時から私はあの人の事が頭から離れず、電車に乗るたび周りを意識しているがあれ以来会っていないし、見てもいない。


「大学生だったの?」


多分、と私は答えた。あの時間帯に私服で居たし、見た目が凄く大人っぽかった。


「もう会えないかなぁ…」























「あ、」


居た。彼が。電車に。前と同じように扉に背を預けて本を読んでいた。あの日もそうだったが、空席はあるのに彼は座らずに立っているのだ。
どうしよう、声を掛けるべきか。でも今日を逃したら次またいつ会えるか分からない。声を、掛けよう。
私は席を立った。まだ駅に停車していないのに立ち上がった私を、隣に座っていたおばさんは見た。


「あ…あの…」
「ん…?」


伏せていた視線を、こちらに向けた。茶色い瞳が私を見据える。
次の言葉が出てこない。口をもぐもぐしていると、ああ、と、彼が呟いた。


「いつかの、転んだ子」


覚えていてくれたのは凄く嬉しいが、その恥ずかしい印象が残っているのが残念で、複雑だ。


「その説はありがとうございました」
「別に、構わない。それで?」
「え?」


何の用?と彼は小首を傾げて聞いてきた。用と言っても、特に何もない。きっかけを作りたかっただけだ。どうしよう、何か理由をつけなければ。俯いて考えていると、上から声が聞こえた。


「これから暇か?」
「え、あ、はい…?」
「言っておくが、ナンパではないぞ」


彼は綺麗に微笑んだ。