■side薫

俺は最低だ。

自分意外がアユに触れたと思ったら、急に頭に血が上って……
周りが見えなくなった。


気がついたら自分の手が壁にめり込んでいて、拳の横には怯えて涙を流すアユが。

アユは俺に触るのが恐いと言った。

それは、半年経った今でも変わらない。

俺もあの日、部屋に充満していた煙草の臭いが嫌になった。

鮮明にあの日の事を思い出させるから……



『薫? 大丈夫?』

職員室からの帰り道。
保健室に寄ると、すでに中にはアユがいた。

『平気。 慣れてるから』

『そっか…… 保健の先生いないんだね? 私、薬つけてあげよっか?』

アユはそう言って薬箱を棚から出した。

触れるのも恐いくせに震えながらピンセットで綿を挟む。

そんなアユが痛々しくて、俺は目を伏せてしまった。

『自分でやるよ』

『大丈夫だよ!! 痛くしないから』

いや、そうじゃなくてさ……

俺たちはあの日から奇妙な関係を続けている。

誰の目から見ても不思議な関係。

『アユ…… もう別れようよ……』

触れる事もない。
笑い合う事もない。

ギスギスと気を使い合うだけの関係。

別れるという選択が俺たちにとって一番いい答えだと言うのは、誰でもわかったはずだ。

『何で? 私のこと嫌いになった? 触れないから?』

しかし、アユの目からとめどなく涙が零れる。

『ねぇ? どうして!?』

あの日と同じように泣くアユを見ると、胸が苦しい。

好きだから、アユには幸せになってほしい。
笑い合える奴と幸せになってほしいよ。

俺はアユにシーツを頭からかぶせると、そっと抱き締めた。

『付き合ってても、こんな風にしなきゃ抱き合えない。 もう昔には戻れないよ』

今だって、シーツの中で震えてる。

もう限界なんだよ……

『私は別れたくないよ』

アユはそう言うとシーツの中から白い小さな手を出した。
細くて折れそうな手は俺の手に触れる。

『ほらね? 今、普通に触れてるでしょ?』

馬鹿女……
カタカタと音まで鳴ってるよ……

『本当だね…… 久しぶりのアユだ』

俺はシーツごしのアユの額に、そっとキスをした。