【何で私の名前、桜じゃないんだろ】

それは君の口癖だったね。

最初の出会いは入学式。
朔(サク)なんて名前、最初は男かと思ったぐらいだ。

名簿は「渡来凍也」「有坂朔」
「わ」と「あ」だから、いつも朔が俺の次だった。


【私の名前、何で桜じゃないんだろ。 あと一文字なのに】

桜を見上げる彼女の顔が綺麗で、俺はいつも目が離せなくなる。

【桜なんて古くせぇだけじゃん】

【そうかなぁ? 桜って名前、一番可愛いと思うけどね】

【ははっ! んじゃ朔には桜なんて似合わないな】

精一杯の照れ隠し。
どうしても、俺は素直になれなかった。

【うるさいなぁ。 私だって……凍也の前では可愛くいたいんだから】

だから、俺達の始まりは朔からだった。

その日の帰り道、二人で手を繋いで帰ったね。



朔がいなくなったのは、それから三ヵ月が経った頃。
俺の家から帰る、その帰り道でおきた突然の事故だった。

俺は見たいテレビがあって、朔を一人で帰らせたんだ……

あれから早くも三年が経つ。
朔がいなくなってから、もう三度目の桜が蕾(ツボミ)をつけた。


『凍也、この間会った子覚えてる?』

『うん?』

『あの子がお前の事カッコイイって言っててさぁ、アドレス知りたがってんだけど』

『へぇ……そう』

『へぇ……って冷たいよ、お前』

だってその女って朔じゃないじゃん。
俺、朔じゃなきゃ駄目なんだよ。

『ってか、凍也ってちゃんと朔ちゃんのお参りしてる?』

『んー…… お参りどころか通夜ぐらいしか行ってない』

『そ、そう言えばお前、葬式にいなかったな……』

葬式に行くのは恐かった。
朔がいないって実感するのが恐くて、家でテレビを見ていたんだ。

『もう三年も経つんだから忘れたほうがいいぞ?』

皆そう言うんだ。
忘れるなんて無理に決まってる。

だって朔がいない世界なんて、こんなにもつまらないんだ。



帰り道、何だか急に桜が見たくなって、あの桜並木まで歩いた。
まだ咲いてない桜ばかりで、とんだ無駄足だ。

『朔ってやっぱ桜が一番好きだったのかな』

ゆっくりと桜並木を見ながら歩いていると、急な眩しさに視界を奪われる。

最後に聞こえたのは車のクラクション。
その直後に俺の体は遠くへと飛んでいった。