亮介に本当の事を言えないまま、一週間ほど経った。

狭い家には子供の服やオモチャが溢れている。

全部、亮介が子供にと買ったもの……

『亮介…… まだ当分だから買わなくていいのに』

『いいの! つか名前も決めたんだ!』

亮介は嬉しそうに笑うと、可愛いメモ帳を出す。

『……ってか、明後日がライブだね?』

それを見るのが辛くて、つい話題を変えてしまった。

だって、あのメモ帳……
絶対いっぱい名前が書いてあるよ……

『うん。 明後日のライブは久美に絶対来てほしいんだ! 最後だから』

明日のライブが終わったら、亮介に本当のことを言わなくちゃいけない。

言って謝らなきゃいけない。

嫌われたらどうしよう……
今さら泣きそうなくらいの後悔だよ……



そう悩みながらも、ライブの日はやってきてしまう。

ステージの青いライトを浴びる亮介は、今までで一番格好いいと素直に思った。

歌も一通り終わり皆がステージから降りていく中、亮介だけはマイクの前から動かなかった。

《俺は今日でこのバンドを抜けます》

大音量のスピーカーを通し聞こえる声は、少し鼻声。

目も涙が溜まってる。

そんなに悲しいの?
そんなに……そんなに……?


『そんなに悲しいなら歌やめるなぁ!!』

気がついたら、スピーカーなんかに負けず劣らずの大声が私の口から出ていた。

《だって久美ッ 俺は歌より久美と結婚したい! 子供を産んでほしい!》

涙を流しながら亮介も叫ぶ。
それを見て私も涙が出てしまった。

『ホントは……子供なんていないの!! ただ亮介にちゃんとしてもらいたくて!』

《ゴトンッ…!!》

せっかくの感動のシーンを壊したのは、マイクを床に落としたための雑音だった。

『亮介……本当ごめん……』

『馬鹿! 俺、恥かいたじゃん!』

『だからごめんって……』

人目も気にせず会話する私達に、周囲の人からの笑い声が浴びせられる。

『ホントにごめん……』

『じゃあ……反省として、俺が歌で食っていけるようになったら結婚してもらえませんか?』

少し恥ずかしげにステージを降りる亮介。

『って、歌続けるのかよ!』

『騙した罰です』

『そんなぁ!!』

でもステージにいる亮介を格好いいと思ったのは嘘じゃないから……
もう少し気長に待ってみるのもいいかも?

『もしかしたら億万長者も夢じゃないかも?』

『久美…… お前なぁ』


亮介がメジャーデビューして一児の父親になったのは、この時からまだまだ先のお話……
なのでした。


【END】