あまり覚えていないのだけれど……
記憶を辿れば、カプリの香りが蘇る。
貴方が吸っていたあの煙草……
『キャァー!!!! 原口くん!?』
突然、廊下に響く女子の声。
『うっわ……すげ』
廊下には点々と繋がる赤い雫。
騒ぎの真ん中には血まみれで無言で立つ男。
原口薫。
私の……恋人だ。
『原口! また喧嘩か!? とりあえず職員室に来なさい!』
何処からか颯爽(サッソウ)と現れた先生が薫を連れていく。
『アユ!! 俺は手を出してないから!!』
薫は私を見つけると、切羽詰まったように言う。
しかし、引きずられるようにして人だかりの中に消えていった。
ちゃんと知ってるよ……
薫は手を出してないって。
あの日からずっと喧嘩をしていない事も知ってる。
アレは半年前だったよね……?
【お前、浮気してたんだな】
そう言って私を見下ろした薫の目はすごく冷たくて、今も忘れられない。
【違うよ薫! ホントに違う!】
必死に弁解したが、薫は表情を変えなかった。
そして、あの大きな拳が私のすぐ横を通っていったのだ。
あの時、薫の拳が隣の壁じゃなく私の顔だったら……
そう思うと薫が怖くて。
薫に触れる事を恐怖に感じるようになった。
悔しい。
悔しいよ。
あの暖かい手に触れられないなんて……
悔しくて、情けない……