その頃、観穂詩酒造直営の店“春風”では・・・

「怒られちゃったよ(笑)」

そういいながら、正嗣は杯の酒をくっと飲み干した。その横で美佐子がカクテルグラスを持ちながら「そうかもね。」と言ってグラスに口をつける。

「家族崩壊の元凶のいる店で飲んでるんだから、仕方ないかもな(笑)」

祇儀も笑いながら、酒に口をつけてそう話した。

「でも、もうその心配もないのにね。凌縁には素敵な旦那様がいるし、正嗣もこうしてまた美佐子ちゃんと一緒に住んでるし(笑)」

「私も、さっき直接“その事”謝られちゃった。」

正嗣の中ではまだ不安があった。凌縁と美佐子が顔を合わせるのは“あの時”以来だからである。普通に考えれば被害者と加害者が“一対一”で顔を合わす、ありえない状態おなだから。


「私は、あの事があって変われたの。それに、あの時の私より強くなれたと思うし(笑)だから、大丈夫だよ、もう。」


ニコッと笑う美佐子。
それを見た正嗣は、ほっとして酒を注文するのだった。


正嗣と同じ気持ちでその様子を見つめていた者が厨房にも。凌縁の夫、土蜘蛛の骸(がい)である。
この事件のことも知っている彼は、店に正嗣と美佐子が来た事で“凌縁がパニックになったら”と心配で仕方なかったのである。今はほっとして、包丁を握っている。


「御造りできたぞ!!」
「は~い!」
「よかったな。」
「ありがとう。」


ニコニコしながら、一言二個と交わす。
屈託のない笑顔の凌縁を見て、骸はまた安堵の気持ちでいっぱいになっていた。


当事者の間では、事件の溝は埋まっていたのだが・・・
その事を知らない女性陣との溝は、少し広がっていた。