「今頃ライナットはお兄さんたちに会ってるんだね」

「そうよ」

「何の話するのかな」

「私は知らないわ」



秋も深まりそろそろ肌寒くなってきた今日この頃、エリーゼは読書をしリオは編み物をしていた。

読書の秋と趣味の秋。それぞれ楽しみを見つけて没頭している。



「何読んでるの?」
「何編んでるの?」



ふとした質問にお互い顔を見合わせた。声が見事に重なり驚く。

しかし、エリーゼが先に答えた。



「おとぎ話よ」

「おとぎ話?何かあったっけ」

「バドランに伝わる逸話があるわ。それを読んでるの」

「大人なのに?」

「バカにしないでちょうだい」



心外だ、とばかりにエリーゼは眉をひそめた。リオは少し小バカにした口調で言ってしまったことに後悔してすぐに謝った。



「ご、ごめん。ガナラにはそんなのないから、おとぎ話なんて子供のためのまやかしだと思ってたんだ」

「ふん、よく考えてからものを言いなさいよね。あんたにとってはまやかしでも私たちにとっては神聖な話なんだから」



いっきに捲し立てられリオは小さくなった。編み棒を膝の上に置いてしょぼんとするのを見て、エリーゼはため息を吐いてから少し口調を和らげた。



「まあ、そう思うのも無理はないわね。気になるんだったら貸すけど」

「いいの?」

「もちろんよ。で、何編んでるのよ」

「えへへ……ライナットにちょっとね」



照れ臭そうに笑うリオにエリーゼは僅かに頬を緩めた。

最近忙しくなってしまったライナットに文句の一つも言わないリオ。溜め込むタイプなのかと思いきやそうでもないということを知ったのはつい最近のこと。

彼女は本当に気にしていないのだ、とエリーゼは認識した。寂しいと思うときもあるだろうが、次への楽しみにそれを見事に被せている。まあ、寂しい思いをさせないようにこうやってエリーゼが近くにいるのだが。



「教えなさいよ」

「やだ、恥ずかしいもん」

「さっさと白状なさい。でも形を見れば一目瞭然ね」

「じゃあ追い詰めないでよー」



だんだんと形になっているそれは、恐らくマフラー。使う使わないは別として作っているようで、その進み具合から夜もやっていることは確実だ。

目立たないように黒い毛糸を使い、青い毛糸のラインが数本だけ入っているのがポイントなのだろう。


よくもまあ編み物がこの状況で作れるな、とエリーゼは半ば呆れた。



「よく作れるわね」

「前はよく作ってたんだよ?セーターとか」

「私たちはセーターなんて着ないわよ。メイドは一年中同じ格好だし、せめて長袖か半袖かの違いだけ」

「じゃあこれから寒そうだね」

「外見はね。中身は重ね着が自由だから平気よ」

「あー、なるほど」



リオは微笑んでから再び手元に視線を戻し編み始めた。テーブルの上に転がっている黒い毛糸玉が僅かに揺れる。

エリーゼはしばしそれを眺めてから同じように視線を本へと戻した。二人とも口にはしないが、多分思っていることは同じだろう。



(とにかく暇だ)



何か、大きなニュースでも舞い込んでは来ないだろうか。


ーーーーー
ーーー



「ライナット様、新人って誰?」

「耳が早いな」

「ダースから聞いてダースは誰かに聞いて誰かは誰かに聞いて誰かはガイルに聞いた」

「ガイルか。あいつがスカウトしたらしいが、どんな人材なのかは教えるつもりはない」



兄たちと別れてからライナットが北の塔の廊下を歩いていると、どこからともなくルゥが現れてその彼の肩を叩いた。


ライナットの部下たちは礼儀を知っているのか知らないのか、はたまたライナットがそうさせていないだけなのか、敬語を使う者はあまりいない。

さすがに、外で様を付けないで呼んでしまったらまずいと、様付けで彼を呼んではいるが、明らかに特別扱いはしていない。

しかし、慕っているのは窺える。



「まあ、顔ぐらいはどこかで見られるかもしれないしー」

「いや、そいつはここにはいない」

「じゃあどこ?」

「どこか」

「ヒントはないの?」



なかなか食い下がらないルゥに少し苛立つも、故意はないのだと心を静めた。最近の空気の悪さの鬱憤を晴らしたところで、それは一瞬に過ぎない。

ライナットはため息をわざとらしく吐くと、少しだけ情報をわけてあげることにした。



「場所は教えないが、スカウトされたのは牢屋の中だがその前は戦場にいたらしい。つまり、兵士だったということだ」

「じゃあ強いのかなー」

「強くはない。しかも敵の国の兵士だったんだ。戦場で戦っていたがバドランに捕らえられ投獄されていたようだ。その経緯は俺も知らん」

「じゃあガイルに聞いて……ダメ?」



善は急げとルゥがくるりと踵を返したその刹那、ライナットはルゥの肩をガシッと掴んだ。その力が意外と強くてルゥはひやっとする。

ライナットは鋭く彼を睨み付けた。



「余計なことをするな」



と、吐き捨ててライナットは足取りを荒くして去って行ってしまった。完全に靴音が遠くなってからルゥは大きなため息を吐き、そして酸素を大きく取り入れた。

そして、やれやれ、と手を頭の後ろに組んで歩き出した。



「そんなに秘密にするなんて、逆に気になっちゃうんだよね」



ルゥは面白いものを見つけた子供のように口角を上げると、口笛でも吹きそうな勢いでライナットが去った方向とは逆に歩き出した。

まずは直接ガイルに聞こうと思い、ルゥはいそうな所を頭の中にピックアップした。


ーーーーー
ーーー



数日後、ライナットが珍しく自室で読書をしているとドアをノックされた。

ライナットは出歩いていることが多いため普段はあまり自室にはいない。弓矢の練習をしたり、変装をして城下町に繰り出したりとじっとしているときがないのだ。

今日はたまたま雨が降っていて外が寒いため、大人しく室内にいるか、とライナットは手持ちぶさたに本を手に取った次第だった。


読んでいた本にしおりを挟み、ライナットは返事をした。



「入れ」



一言そうだけ言っておいてドアを凝視していると、控えめに開かれたと思えばそーっとリオが顔を出した。彼女と目が会えば気まずそうに苦笑いをされる。

ライナットは警戒心を解いてため息を吐いた。



「入らないのか?」

「え、ごめん……なんか表情が厳しかったから間が悪かったのかなって」

「違う。誰かわからなかったからな」

「じゃあ今度は名前言うね」



リオはきょろきょろと怪しい動きをしながらぎこちなくドアをパタンと閉めると、足早に窓際に座っているライナットに近づいた。

しかし、彼は訝しげな表情のままだった。なぜならリオは後ろに何かを隠しながら近づいて来たからであり、なんとなく彼女は緊張しているのだと感じられたからだ。

確かにこの部屋に来たのは初めてだろうが、こんなにもおどおどとするだろうか。



「で、何の用なんだ」



ライナットは本を目の前にあるテーブルに置くと、座っている自分と目の高さを合わせようとしゃがんでいるリオを見やった。

リオは少し俯いてからおもむろにその背中の後ろに隠していた物を取り出した。柄のある包装紙に包まれ、リボンできっちりと結んであるそれを見たとき、彼は上がってしまう口角をなんとか下げようと努力した。



(これは紛れもなく……)



プレゼント、だろう。


リオはそれを両手でライナットに押し付けると、彼が座っている椅子の背もたれの影に隠れた。ちょうど見えない位置に座り、早口で告げた。



「開けてみて!気に入るかわからないけど、っていうか使うかわからないけど」

「あ、ああ……」



ライナットは結ばれているリボンをもどかしそうにほどくと、中から現れたプレゼントに驚いた。

それは、手編みのマフラーだった。黒い毛糸に青いラインがたまに入っているそれは恐らく彼をイメージした物。


両手に取って広げてみれば、目一杯広げてもまだまだ広がる余地のあるほどの長さだった。恐らく相当の量の毛糸を使ったのだろうか、その長さは彼の身長に届くのではないかと思えるほど。

ライナットはそれを綺麗に畳んで、くるりと振り向いて背もたれの下に隠れているリオを見下ろした。



「何日かかったんだ?」

「えっと……わかんないや。でも毛糸玉を丸々一個使ったから……長くなりすぎちゃったけど」

「ありがとう。ありがたく使わせてもらう」



リオがもじもじとしながら言い訳のように言うと、その頭を上から撫でた。彼女は上から見てもわかるほどに耳を赤くするものだから、図上からクスリと笑みを漏らす。

リオはそれを聞いてさらに恥ずかしくなったのか、いきなり立ち上がってテーブルの上に畳まれて置かれているマフラーを広げると、乱暴にライナットに巻き付けた。


ライナットはそれにさらに笑みを深めたが、マフラーの下に隠れてしまって確認することができなかった。リオはなんと彼の顔さえもマフラーで緩くぐるぐる巻きにしたのである。



「見ないで!」

「見てない。ほどくぞ」



恐らく顔を真っ赤にしているであろうリオを想像しながらからかうと、リオの手が届く前にするっとマフラーを首まで下ろした。開けた視界には想像通りの顔がこちらを睨んでいる。



「睨んでも怖くないな」

「もう!なんで下ろしちゃうのよ!」



リオがまたむきになってマフラーに手を掴もうとするものだから、その手首をパシッと掴んで引き寄せた。

彼女の頭を胸に当てながら宥めるように違う方の手で撫でてあげると、降参したのかさっきまでの威勢はどこへやら、借りてきた猫のように大人しくなった。

それに僅かに鼻で笑うと、上目遣いに見上げられる。



「笑わないでよ、どうせ子供っぽいとか思ってるんでしょ」

「よくわかったな」

「バカにして……」

「バカにはしていない。おまえはそのぐらい元気でいてくれれば安心するんだ」

「え?」

「悪かったな。寂しかったんだろ?だから暇潰しにマフラーを編んで時間を潰したんだよな」



エリーゼのやつ余計なことを言ったな!とリオは思ったが、今はその優しさに素直に甘えることにした。ライナットが自室にいるのを教えてもらったのはエリーゼからだったし、ここまで案内してくれたのも彼女だった。

なんだかんだでお節介なエリーゼに嬉しくもあり呆れた。



「エリーゼって口が軽いのかな……」

「会えない分、エリーゼからルゥを伝って情報はもらうようにしている。だが、マフラーを編んでいたとは聞いていなかった」



そのことを聞いてリオはほっとした。成り行きからしてプレゼントの存在をすでに知られているのではないかと疑ったからだ。エリーゼも抜かりがない。


ライナットはマフラーをそのままにして、リオにある提案をした。

彼女はそれを聞くと、部屋を出た後に走り出してしまうほど嬉しくなった。その騒々しい足取りにライナットは笑みを溢した。ふと雨で濡れた窓に映る自分の表情を見て何を思ったのか、口角をもとに戻してしまった。



(自分だけ……)



幸せすぎやしないか、と。