「あら。北村さんがサボりだなんて珍しいわね」


ふふふっと、形の良い唇が笑う。


「すみません、無理を言ってしまって」


「あら。たまの息抜きは大切よ。北村さんはちょっと生真面目なところがあるのよね」


そこでチャイムが鳴ると、ぱちぱちとキーボードを叩いていた手が止まった。



「なんてね。建前はこんなとこでいいかしら」


二人きりの室内で妖艶に微笑んだ保健医の佐伯に、榛名は頷いた。



「すみません、本当に無理を言ってしまって」


「あら、まだ芝居が要るの?鐘ならさっき鳴ったでしょう」


そうして榛名が座っていたソファの方へ歩いてくると、小さな紙切れを渡した。



「でも。これは一応書いておいてね。適当で良いんだけど」


紙切れに目を落とす。"受診票"と名打たれたそれ。保健室に来る者は誰でも目を通し、具合を書き込まなければならない。


このところちくちくと針を指すような心のほかに異常はなかったので、数々の嘘を丸で囲んだ。


ふとペンを止め、ガスコンロの前に立つ佐伯の後ろ姿を見上げた。


無駄な肉のないほっそりとした脚は、色濃いボトムに包まれている。


肌の露出が然程無いのにも関わらず、常に色気は控えめかつ効果的に漂っている。


佐伯は保健医だ。けれども白衣を身につけてはいない。


訊くと『どこの保健医もそうよ』と言う。むしろ化学教師の方がそれらしく見えるのでは、と。



保健室特有の消毒液臭も無く、フレグランススプレーの粒子が微かに香っているらしい。


オルゴールも細やかに流れていて、妙な息苦しさを感じさせなかった。