「そんな昔のこと覚えてないわよ」


そう言いつつも、榛名にはばっちりと心当たりがある。


共働きの家庭であったので、小学生の頃は北村家に友達を招き入れることが少なかった。


友達の家で遊ぶときにはお母さんがお茶にお菓子にと、おもてなししてくれることが、榛名にとっては目新しい光景だった。


だから北村家に友達が集う滅多にない機会には、自分も何かしたいと思ったのだ。


寒い日だったので湯を沸かし、幼い榛名はインスタントのものを手に取ったのだ。



「お友達のお母さんからすごいわね、なんて言われたけれど、その時のあんたのしてやったりの顔を想像したら、ねえ?」


可愛かったわよね、小さな頃は。そう言ってぶくぶくと沸いてきた鍋の火を消した。


嗅ぎなれた味噌の匂いを吸い込むと、腹の虫が騒ぎだす。



榛名は、冗談を叩く櫻子の背中を見てから、手元のマグカップに目線を移した。



何年ぶりだろう、これを口にするとしたら。



小学生の頃、ひどい風邪を引いた夜のことだ。


扁桃腺が腫れたせいで眠れずに、叩き起こした母に作ってもらったのがそれだった。


生姜湯とレモネードを混ぜた飲み物。匂いにつられたのだが、飲み込む度に激痛が走った。


それが三日三晩続いたのだ。幼い頃のトラウマというのはずっと残るものだ、けれど。


何を思ったか、榛名は意を決して、マグカップに口をつけた。


喉を鳴らしながら一気に流し込む。



「あれ、なんか」


正直に。こんなものか、と思った。


喉に痛みが伴わないのは当然だが、それはあっさり、すんなりと克服してしまったのだ。