二階から大きな物音がした。それも乱暴な物音がただの一度きり。
食卓に新聞を広げていた夫と目を見合わせる。
壁掛けのカレンダーを昨夜から気にしていた櫻子の身体に、嫌な予感が走った。
まさか、と思った。
目の色を覗きこんだ夫も、きっと同じ予感がしたのだろう。新聞を畳んで『母さん』と呟いた眉間に皺が寄る。
『私、見てくる』そう言い終えぬうちに、櫻子の背中が翻った。
二階へ続く階段を上がる足がもつれそうになった。
もしも、万が一のことがあったとしたら。
震える手で二つあるうちの奥のドアノブを回した。
櫻子の目に飛び込んだのは、いつもと何一つ変わらない部屋。それと、
そこに蹲(うずくま)って頭を掻きむしっている榛名の姿だった。
*
目を開けると、しみ一つない天井と、定位置にある火災報知器。視界に飛び込んできたのはいつもの風景だ。
けれどもやたらと部屋の中はやけにまぶしくて、すぐにそれは夕焼けだと気づいた。
飛び起きる気力など無かった。
ゆっくりと身を起こすと鈍痛が頭に響く。
額からは熱冷ましのシートがぺたり、剥がれ落ちた。
「起きたね」
開け放たれたドアから櫻子が入ってきた。
替えのものを額に貼ってやると、虚ろな目で見上げた榛名に、櫻子は困ったように微笑んだ。