「トドのくせに、人間に、指図してるんじゃないわよ全く」
いつもは陰口を一切言わない性質なのだけれど、あの数学教師だけにはとにかく口が悪かった。
曲がったことが大嫌いな榛名と、それから気分屋で名の知れている“トド”。
二人の間に、昨年ちょっとしたトラブルがあったらしいのだ。
「榛名。トドだって人間と同じ動物だよ。差別しちゃダメ」
「ちょっと。どういうフォローよ、それ」
そうして無事に教室まで冊子を運び終えた。
教卓にそれらを下ろすと、自由になった腕が途端に痺れ出す。
親切な友人に助けられたとはいえ、二人の目の高さまで積もっていた荷物。
”あの教師、脂肪があっても血が通ってないんじゃないか”と榛名は心の中で悪態をついた。
それじゃあ、理屈が通らないかーー自分に突っ込みを入れて、へらりと笑ったその時だった。
身体に力が入らない。
渦巻いた視界のなかで、すんでのところで留まる足元。確かに竦んだのだ。
ぼんやりとした焦点も定まるのに時間がかかった。
咄嗟に彩花が反応したので、ふらついたまま手をひらひらと扇いだ。
血が足りないのは、自分の方だ。
困ったことに本日最後の授業は体育だった。
授業に出席しないのは気が引けたが、榛名は彩花に一言残し、保健室へと向かった。