トーストに手を伸ばした時に、櫻子が台所から戻ってきた。
「榛名、これ。冷蔵庫に入ってたけど。飲むの?」
そうして櫻子の左手につままれていたのは、缶コーヒーだった。
脳裏に昨日の出来事が甦るーー何となくいたたまれないような気持ちになって、そっと呟いた。
「今は要らない。だけど飲まないでおいて」
食べ物への執着など全くない我が娘の断言に、櫻子は少し目を丸くしていた。
*
その日、彩花はとても静かだった。
授業を終えても席を立たず、ひたすらに指を動かして何かを編んでいるようだった。
「ミサンガ?」
後ろから覗き込むと、見上げた顔がはにかんだ。
「あのね、練習試合が近いんだって」
「ああ、瞬くん?」
「うん。何が出来るかなと思って。これぐらいしか思い付かなくて」
丁寧に織り込まれているトリコロールカラー。器用な手先は榛名の目を釘付けにさせる。
県内ではサッカーの強豪校として知られている此処で、瞬は毎日ハードな練習に追われていた。
それを愚痴の種にもせず、彩花と榛名のところへやってきて弁当をかきこむ時も、彼は常に穏やかであった。
人一倍気遣いに長けている彩花も優しく見守っているし、二人の側にいることへの居心地の悪さも榛名に感じさせなかった。