「どういうつもり、」


榛名は目の前の背中に問いかけた。半分は戸惑い、もう半分は不信感を含んで。



腕を引かれたときの迫力は凄まじいものだった。


会う度に眉間の皺が深くなっているようだ。


文句を言われるのを承知していたのに、彼は何も言わなかった。


しかしこの男のせいで自分まで見学扱いにされている。


比較的優等生で、融通の効かない榛名にとっては、幾ら単位を貰えるとはいっても不満足なものであった。


大きな背中の持ち主は2個のストップウォッチで効率良く、与えられた仕事をこなしている。


そして読み上げたタイムを、榛名は記録させられている。


「8秒72」


「ちょっと、人の話聞いてま」


「9秒3」


三浦は質問には答えなかった。そのうち、三浦が旗を上げる。


遠くで千原が笛を吹く。また2人、誰かが走り出す。


この日、何度も目にしている一連の動きに、榛名は溜息をつきながらペンを走らせた。


ふと、昼間の瞬の声がよぎる。


この男。授業を堂々とさぼっているのに、体育教師の千原はそれを黙認しているのだ。


怪我は治ったと、確かに彼は言った。


実際に走ることもできたのだ、それも現役顔負けのスピードで。


それなのに――


「もう、走れないんだよ」


あの言葉の真意は、何処に在るのだろう。