「――昔のことだよ、そんなの」
苦々しく絞り出した言葉にも、榛名は容赦なかった。
「どうして。素人目でも、こんなに速い走り見たことないよ。走ることが好きなのがよく分かるもの」
榛名はただ純粋に、感動を伝えたはずだった。
三浦の拳は震え出した。
ただならぬ空気を察した榛名は、思わず身構える。
何かを呟いた三浦が、今度はしっかりと言い放った。
「好きじゃない」
それは冷たい響きをはらんで。
「陸上部のエースでもなんでもない」
高ぶる感情を必死で抑え込むように歯を食い縛って。
「こんなの意味がないんだ」
「三浦、くん?」
いよいよ眉を潜めた榛名はその名前を口にする。
瞬間、はっと見上げた表情は狼狽えた。
まるで言ってはいけない一言だったとでも言うように、口元を右手で覆った。
答えを待つ榛名から目線を外し、 三浦は背を翻す。
そして最後に、弱々しく言い去った。
「もう、走れないんだよ」
遠ざかっていく背中。榛名はただただ見つめていた。
やがて暗く垂れ込めた雲に、肩を濡らし始めた雨をも厭わずに、榛名は立ち尽くしていた。