「好きだよ」


それはまるで記号のように、すっと耳に入ってきた。


「だから、そう呼びたかった、それに、」


あまりに唐突な告白に、榛名は理解が付いて行かなかった。


だから、どうしてそんなに切羽詰まった表情をしていたのか、考えを巡らす余裕もなかった。


「俺が走ろうと思ったのは、ハルがーー」


三浦はそこまで言いかけると、突然口を噤んだ。


眉を寄せて、何かを考え込むように下を向く。


それから榛名の指先に籠めた力を緩めた。


「三浦くん、あの、」


榛名が口を開くのを遮るように、三浦は自分の左手を下ろした。


そうして伏せていた目線が、少しだけ哀しく笑った。


「送るよ、駅まで」


背を翻すと、三浦は歩き出した。


榛名はただ、彼に付いて行くしかなかった。


どうして言いかけたことを仕舞ったのか。

どうして好きだと言ったのか。

どうしてそんなに苦しそうな顔をするのか。


問い質したいことはたくさんあるのに、そのどれもが喉元を通ってはくれなかった。


そして、榛名は戸惑っていた。


共通の友人である緋山瞬にも呼ばれる愛称に、一度も不快感を感じたことなどなかった。


三浦と唇を重ねてしまったあの日だって、むしろその囁きは色気を含んでいた。


彼は『ハル』と呼んだ、それなのに。


『ハルちゃん』


今日だけ、彼に重なる"その人"の影がこびりついて離れてはくれない。


榛名は思った。きっと、雨の所為だと。


芽生えた疑念を振り払うには、そう思い込むことしか、出来なかった。