ある時の彼女のひとことは、長年心の片隅で燻り続けていた。



俺達は、全力疾走の鬼ごっこに草臥れた身体を、砂場に投げ出していた。



『アキちゃんって、走るの好き?』


砂が付くのも気にせずに、ハルは寝転んでだ。


『好きだよ』


何故だかその返事は素っ頓狂な音で響いてしまう。


するとハルはむくりと身体を起こした。


きらきらと目を輝かせて。


『そうかあ、やっぱり。すごく速いもんね』


『そんなことないよ』


褒められることに耐性がついていなかった俺の頬は、否が応にも熱を持ってしまう。


その時、顔を隠そうとした俺の腕が払い除けられた。


『でも。走ってる時のアキちゃんの目、すごくきらきらしてるよ。いつもはあんまり見えないけれど』


そう言ってすっかり伸びた前髪を、白い指が掬った。



ダイレクトに飛び込んできた彼女の視線。



『アキちゃんが一生懸命走ってるのを見るの好きなんだ。だからハルが鬼にすぐなっちゃっても、楽しいんだよ』


そう言って、いつかと同じように、おさげを揺らして笑ったのだ。



その時、俺は初めて同性として見られていることを後悔した。


好きな子に”好き”と言われるその響きを、異性として素直に受け止めることが出来たならば、どんなに幸せだっただろうかと葛藤する心はいざ知らず。



ーーもどかしくも淡い、穏やかな日々は突然に終止符を打たれた。