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如月 鳴世は美しい美貌を珍しく歪ませていた。彼女の目の前には、一人の無気力感全開の美青年が。
面立ちは整っているのに、まるで気力が皆無な男と対峙している場所は如月 鳴世の自室。しかも男はグッタリと気怠げにベッドに横たわっている。
ちなみに鳴世本人はベッドに寄り掛かり無表情で男を一瞥する。
「…なぁー、鳴よぉ。あんた、こないなとこから逃げよぉ思わへんの?」
口調にすら無気力を滲ませる男は、しかし鳴世に対しては色を含ませる。
それくらい、男にとって如月 鳴世は特別な存在だった。
そして、それは鳴世にとっても同様。双方、切っても切れぬ縁で結ばれているのだ。
「…次で、最後になる。」
ただ、淡々とした口調で言った鳴世に男はあまり見れない俊敏な動きで起き上がった。その反動で、鳴世の髪が揺れる。
「ホンマかっ!?鳴!…せやったら、俺も色々と準備せなあかんなぁ…。」
ブツブツと呟きながら、男は華奢で小柄な鳴世を後ろから抱き上げ自身の膝に乗せる。まるで絵になる美しさだった。
人形のように鎮座する鳴世は、無表情を僅かに緩めて男に擦り寄る。まるで猫のように気まぐれな男も、彼女には滅法弱いのだった。
赤みがかった黒色の髪は無造作に跳ね、翡翠の瞳は無気力に世界を写す。完璧に整えられた美貌の男の名は、神代 翼 Kamisiro Tubasa 。歳は鳴世より七つ上である。
如月 鳴世は、如月家の養女であり世界屈指の財閥の跡取りでもある。
鳴世が如月の養女になった理由は明確ではないが、表向きは養女ではなく如月の実の娘となっているのだ。
そしてあまり知られてはいないが、神代もかなりの権力と地位を有する名家であった。
「…失礼します、御嬢。若奥さんから伝言預かったんスけど…。」
何の前触れもなく彼が部屋に入って来るのは慣れている鳴世。ノックなど一度もされたことなく、非常識な事に勝手に入って来るこの忠実な執事。
非常識に寛大な主は無表情を彼に向ける。…執事が部屋に入った時には、既に神代 翼はいなくなっていた…。
「…伝言。」
「ハイ。…転校の手続きが整ったんで、明日にでも登校して良いらしいッスよ。」
忠実な執事は、生活感の全く無い部屋に無造作に散らばったタオルを拾いながら言った。