「…見てくれ」

ファベルジェは近くの枯れた木の幹に手を触れながら言った。

「樫(かし)の木がひどい病気なんだ。ここら一帯すべての樫が感染してる。学者の話だと、このままじゃこの森から樫が全滅するらしい。そうなればどんぐりがとれなくなって、この森の動物たちのえさがなくなってしまう。なんとかしなきゃならねぇ。そこでだ」

ファベルジェは用意してきた古びた本をアクスの前に広げた。

タイトルは“幻の植物図鑑”。

「この“芽吹(めぶき)竹”という植物をこの森に植えようと思う。これは竹という植物の一種で、すばらしいはやさで旺盛に繁殖し年中芽吹き、新芽は食べられるというんだ。これがあれば、動物たちは生きられる」
「確かに、芽吹竹はピティランドにしか生えていないが…」

アクスはうなった。

「…守りたいんだ。できることは全部、やりたい。やるって決めたんだ」

ファベルジェの目は本気だった。

―守りたい。

アクスがその言葉を聞くのは二度目だった。この時アクスは王子の胸にあるその想いを羨ましいと思った。何か強く惹かれるものを感じていた。

「赤毛のおっさん、あんたに俺の護衛を頼みたいんだ。言っておくが、金はない。王子だってだけで入ってくる金をあんたに渡したくないから…。だからかわりに、褒賞としてこれをやる」

「…?」

アクスの目の前に差し出されたのは、ファベルジェがいつも首から下げている銀の鎖だった。

「俺の一番大切なものだ」

そんなに割の合わない話はなかった。ピティランドまでの危険な道のりの護衛の褒賞が、何の変哲もない銀の鎖一本。勇名を轟かす傭兵として、アクスは断るべきだった。

だが気がつくと、アクスは聞えよがしにため息をついてこんな言葉を口走っていた。

「―仕方ない。私がいなければ、お前みたいな不良小僧はすぐに野垂れ死ぬ。引き受けるしかあるまい」

「いいのか!?」

ファベルジェの瞳が喜びに輝くのを、アクスは軽く口元を綻ばせながら見ていた。

アクスはこの時すでに、この不良だけれどどこまでも根の優しい王子のことを、なんだかわからないがたとえようもないほど好きになってしまっていたのだ。