きらめく湖の鏡の中、首から下げた銀の鎖が一際まばゆく輝く。その輝きを閉じ込めるように、彼はそっと鎖を握りしめる。

この鎖の持ち主、彼がたったひとり心を許した母は三年前処刑された。

食事に毒を仕込んで11人の王子を亡き者とし、ファベルジェを王位につけようとしたという罪で。

もとは市井の娘で心優しく、王家のしがらみにいつも悩まされ昔に戻りたがっていた母に、そんな野心があろうはずもなかった。

父王の寵愛を一身に受ける母を妬んだ他の八人の王妃の誰かが、母を陥れたのだ。

どす黒い陰謀によって最愛の母を失ったファベルジェが王家を、人間を、何もかもを信じられなくなったとて誰が責められよう。

だらりと肩を下げ湖畔に座り込むファベルジェの側に、ふんふんと匂いを嗅ぐようにしながら鹿の親子がやってきた。

「おぅ、お前たち」とファベルジェの瞳がたちまち和む。彼が鹿の親子の頭を撫でてやっていると、兎の兄弟、リスの姉妹もわらわらと彼のまわりに集まってきた。

不思議なことなのだが、餌をやるわけでもないのに、昔から彼は動物たちに好かれた。彼も動物たちを好いた。彼らは純粋で素直で、ファベルジェを王子だのなんだのという色眼鏡で見ようとしない。動物たちだけがファベルジェの心許せる友達だった。

「ごめんなお前たち…俺にはあの作戦を止める力がないのかも知れない…あの作戦が実行されてしまったら、お前たちの住む家がなくなってしまうっていうのに…」

ファベルジェが口にしているのは、さきほど騎士を殴ってしまった一件のことだった。

ファベルジェが今日偶然耳にした作戦。それはこの森の中にアジトを持つ凶悪な盗賊一味を一網打尽にしようという作戦。

正攻法では今まで何度も森の奥に逃げられ取り逃がしてきたので、一人残らず確実に焼き殺すために、森ごとすべてを焼き払おうというものだ。どうかしている。絶対にやめさせなければならない。だが、殴る以外にできることもないのが事実だった。

ファベルジェは動物たちを引き連れ、湖の裏にまわった。

そこにはまだ青いトマトや小さなナス、まがったキュウリなどが目を引く小ぢんまりとした菜園があった。ファベルジェが毎日密かに手入れしている菜園だ。ここで無心に野菜作りをしている時、彼はすべてのしがらみから解放されるのだ。

だが今日は、やはり気持ちが乗らない。

10日後に行われるという作戦を止めることができなければ、ここも焼き払われてしまうのだから。

「ああくそっ、どうすりゃいい!」

酒だ、とファベルジェは思った。こんな時は酒を飲みながら、考えるしかない。未成年の彼が王宮の酒を飲むとまた周りがうるさいので、彼は街の酒場に行こうと思い立った。

彼はここで運命を選び取ったのだ。無意識のうちに。