おっちょこちょい少年、フューリィがやらかしてしまった。

何の凹凸もないだろうに、何気なく足を踏み出した瞬間にバランスを崩して、転んでしまったのだ。ただそれだけならよかったのだが、転び際フューリィはなんとリュティアを巻き添えにした。

リュティアは転びこそしなかったが、後ろからフードを引っ張られ、その花の顔(かんばせ)があらわになった。

エリアンヌについてきていた取り巻きの男たちが皆目を瞠りリュティアに注目した。あらわになったその美貌はまるで女神がたちあらわれたようで、間違いなくこの部屋にあるどんな宝石よりも美しかった。

それはエリアンヌにとってあってはならないことだった。エリアンヌの頬がみるみるうちに怒りで紅潮した。

「あなたは確か…カイの妹さん、だったかしら?」

「…は、はい」

リュティアの後ろでアクスが頭を抱えている。その横でパールがフューリィをぽかりと殴りつけている。

エリアンヌの視線が意地悪く尖る。

「カイ、わたくしいいことを思いつきました。あなたの弓の腕を見せてくださいな。先ほど、得意だと仰っていたでしょ? 的は妹さんの頭の上に乗せたりんご。見事りんごを射抜けたら、この宝玉をさしあげるわ」

「な……」

カイはしばし絶句した。

―大切なリューを的に矢を射る? そんなこと、できるはずがないではないか。

カイは思わず演技を忘れ、瞳を険しくして口を開いた。

「申し訳ありませんが、それは――」

「どうぞそうして下さい」

凛とした声にカイの言葉は遮られた。カイが驚いて視線を送ると、リュティアの強いまなざしとぶつかった。その瞳は訴えていた。何としても虹の宝玉を手にしてくれと。

「私は、兄の腕を信じています。どうぞそうして下さい」

「リュー…」

カイは逡巡した。

確かにここで虹の宝玉を手に入れられなければ、穏便な方法はとれなくなる。すなわち盗むしかなくなる。そうなれば入念な準備と下調べが必要で、成功するかどうかも怪しいうえにセラフィムの聖具修復に間に合わなくなる可能性が高い。だからといってリュティアを的にするなど話がおかしくないだろうか。

腕に、自信はある。自信はあるが――

『カイ、お願いします』

リュティアが唇だけを動かしてそう言った。彼女の全身から静かな決意と懇願の気持ちが滲みだしている。

リュティアにとって聖具とはリュティアだけに関わるものではないのだとカイは思い出した。世界のために必要なものなのだ。

カイは長い沈黙の後、深く息を吐き出しながら告げた。

「………。わかりました。私の弓の腕、ご覧にいれましょう」