「―フューリィのせいじゃないよ」
セラフィムはフューリィの肩に触れると、そっと向き合わせた。
「じゃあ誰のせい? 銀の鎧の、あいつのせい?」
「誰のせいでもないんだよ、フューリィ。世の中に起こることはみんなそうだ」
「わかんない…僕にはわかんないよ」
「…フューリィ」
セラフィムの声はいつもまるで川のせせらぎのように耳に快く響く。その声に名前を呼ばれるのがフューリィは何より好きだった。だが今の声はいつもと違った。せせらぎというより滝の音(ね)のように、その中に宿る激しく真摯な想いが感じられた。
「村に危機が迫っているのを感じる。私はここを動くことができないから、万が一の時は、私の代わりに村を守れ」
「どうして?」
これは二人の間で何度も繰り返されたやりとりだ。だからフューリィは答えを知っている。それでも、訊かずにいられない。
セラフィムは大気から何か聖なる力を取りこむように息を吸い込み、どこか遠くをみつめながら答えた。
「―愛しているんだ」
こういうときフューリィは胸に何かもやもやしたものを感じる。これはいわゆる嫉妬だと気がついたのは最近だ。大好きなセラフィムの愛を独占できないことがフューリィには少し面白くなかった。
「なんであんな人たちを愛せるの? 今日だってセラフィム様を傷つけたじゃないか」
「フューリィにも分かる日が来る」
「わかったよ…セラフィム様が愛する者は、僕も愛する。だから約束する、村を守るよ」
「ありがとう…」
結局根負けするのはいつもフューリィだった。
「でも、僕との違う約束も、忘れてないよね。僕たち二人はもうすぐ、ここを旅立つ。世界中の本を集めに旅立つんだ、そうでしょう?」
フューリィの訴えるようなまなざしに、セラフィムは寂しげに美しい瞳を細めた。
「私はまだ行けない…まだ、使命が残っているんだ」
「わかってる。それが終わったらでいい、終わったら、必ずだよ!」
「そうだね、フューリィ…」
セラフィムは笑って見せたが、フューリィにはわかってしまった。セラフィムは何か悩みを抱えている。それもとてつもなく大きな悩みを。
四年前出会った頃からその影はあったが、最近になってそれはセラフィムの笑顔をかげらせるほどに大きなものとなってきているようなのだ。
―いつか僕にも教えてくれるよね、セラフィム様。
「約束だよ」
セラフィムに飛びつくと、いい匂いがした。フューリィは孤児だったが、もしお父さんとお母さんがいたとしたらきっとこんな感じなんだろうと思った。―こんなに美しい人のはずはないけれど。
柱の向こうで湖が涙のように揺らめいている。その水面そっくりな切ない光がセラフィムの目に宿っているのを、彼の胸に抱きついていたフューリィは見ることができなかった。
セラフィムはフューリィの肩に触れると、そっと向き合わせた。
「じゃあ誰のせい? 銀の鎧の、あいつのせい?」
「誰のせいでもないんだよ、フューリィ。世の中に起こることはみんなそうだ」
「わかんない…僕にはわかんないよ」
「…フューリィ」
セラフィムの声はいつもまるで川のせせらぎのように耳に快く響く。その声に名前を呼ばれるのがフューリィは何より好きだった。だが今の声はいつもと違った。せせらぎというより滝の音(ね)のように、その中に宿る激しく真摯な想いが感じられた。
「村に危機が迫っているのを感じる。私はここを動くことができないから、万が一の時は、私の代わりに村を守れ」
「どうして?」
これは二人の間で何度も繰り返されたやりとりだ。だからフューリィは答えを知っている。それでも、訊かずにいられない。
セラフィムは大気から何か聖なる力を取りこむように息を吸い込み、どこか遠くをみつめながら答えた。
「―愛しているんだ」
こういうときフューリィは胸に何かもやもやしたものを感じる。これはいわゆる嫉妬だと気がついたのは最近だ。大好きなセラフィムの愛を独占できないことがフューリィには少し面白くなかった。
「なんであんな人たちを愛せるの? 今日だってセラフィム様を傷つけたじゃないか」
「フューリィにも分かる日が来る」
「わかったよ…セラフィム様が愛する者は、僕も愛する。だから約束する、村を守るよ」
「ありがとう…」
結局根負けするのはいつもフューリィだった。
「でも、僕との違う約束も、忘れてないよね。僕たち二人はもうすぐ、ここを旅立つ。世界中の本を集めに旅立つんだ、そうでしょう?」
フューリィの訴えるようなまなざしに、セラフィムは寂しげに美しい瞳を細めた。
「私はまだ行けない…まだ、使命が残っているんだ」
「わかってる。それが終わったらでいい、終わったら、必ずだよ!」
「そうだね、フューリィ…」
セラフィムは笑って見せたが、フューリィにはわかってしまった。セラフィムは何か悩みを抱えている。それもとてつもなく大きな悩みを。
四年前出会った頃からその影はあったが、最近になってそれはセラフィムの笑顔をかげらせるほどに大きなものとなってきているようなのだ。
―いつか僕にも教えてくれるよね、セラフィム様。
「約束だよ」
セラフィムに飛びつくと、いい匂いがした。フューリィは孤児だったが、もしお父さんとお母さんがいたとしたらきっとこんな感じなんだろうと思った。―こんなに美しい人のはずはないけれど。
柱の向こうで湖が涙のように揺らめいている。その水面そっくりな切ない光がセラフィムの目に宿っているのを、彼の胸に抱きついていたフューリィは見ることができなかった。