ただいまと誰もいないのに言ってみる。
小さい頃から一人には慣れている。
私の事を誰も気に止めてくれないのらば、
孤独だという事を忘れてしまえばいい。そうやって生きてきた。
ただいまともう一度言ってみた。
雨が地面を打つ音しか聞こえない。
一人には慣れている筈なのに、涙が頬を伝った。
溜息をつきながら花に水をやる。咲くだろうか?
花は頭を深く垂れるようにして花瓶に刺さっている。
犬は飼い主に似るというが、花はどうだろうか。
この小さな花からは生命力というものを感じなかった。
人差し指で花を突いてみた。
「ねえ。せっかく拾ってやったんだから、枯れちゃだめだよ」
 先日この花を拾った。痴漢された帰りの事である。
眼鏡を掛けた目の細い中年の男だった。
その男の手首を掴むと戸惑うどころか、私を睨みつけ凄んできた。
周りを見ても誰も助けてくれない。
「だれか・・・」ようやく出た声は綿の様に細く弱々しかった。
いつも私の声は届かない。もう慣れっこだ。
袖をまくり手首を痴漢に見せてやった。
男の顔に動揺が走る。男はそそくさと私から逃げていった。
私は自分の左手首を撫でてみた。
三本の筋が横に走っている。傷に触れた瞬間に恐怖と悔しさで涙を流した。
男に対しての憎しみは行き場を失い、自分で抑えるしかなかった。
まるで泥舟だ。小さな川でさえも渡れない。
どんどん船底から浸水する。
私は途方に暮れ諦めるしかなかった。
所詮泥舟で何処を目指そうと行き着く先は光の当たらない水底なのだから。