あの時、あたしは自分のことでせいいっぱいで有里の喫煙を止めることなんて、考えてもいなかった。


自分には関係ない。


有里は特別仲のいい友達でもないし、注意する必要なんてない。


そう思っていた。


「多田明って人、心の優しい人だったんですね」


あたしが何も言えないかわりに、実紗が言った。


「そうね。……優しすぎちゃったのかもね」


恭子さんはそう言い、寂しそうに笑顔を浮かべた。


「……多田明さんが亡くなって、寂しくなった依子さんが彼氏人形を買ったという可能性はありませんか？」


気を取り直し、あたしは恭子さんにそう聞いてみた。


恭子さんは眉間にシワを寄せ、腕組みをした。


「そんな話は聞いたことがないわ……。だけど、明君が自殺してから数週間は内に籠ってしまって、家の中でも外でもほとんど口をきかなかったの。


それが、２カ月くらいたってから急に依子に元気が出始めて、もう大丈夫なんだなって安心したのを覚えているわ」