「碧都に、何かされた?」
「…尚樹」

碧都から逃げるように出た部屋。ドアに背中を預け、溜め息を一つ吐いた時、ドア付近にいたらしい尚樹に声をかけられた。

「その顔。何かあったね」
「……なにもないわよ」

目を合わせず、つぶやくように言った。『押し倒された』なんて、言えないし。

『抱きしめられた』なんて、言えないし。なによりも『尚樹の話をした』なんて言えない。

「ふぅ〜ん。碧都は?」
「さぁ?もう出てくるんじゃない?」

そんな碧都のことなんて、知らないわよ。それより、さっきから心臓がドクドクしてるんだけどっ。

なんなのよ、コレ‼︎どうして、こんなにドクドクしてんのよ‼︎

「杏ちゃ〜ん‼︎ちょい、来てくれへんっ⁉︎」
「あ、はい‼︎今行く‼︎」

楓に呼ばれて現実に戻された。

「碧都が心配なら、部屋に入ったら?」
「えぇ?俺が今部屋に入ったら、碧都と二人っきりだよ?いいの?」

二人っきりだよ、って…。なにもわたし心配なんかしてないんだけど…。

「え、そういう関係になりたいの?」
「まさか」

変な尚樹。…って、わたし楓に呼ばれてるんだった‼︎

「もぉ、尚樹と話してる場合じゃないの、わたし‼︎楓んとこ行かなきゃ‼︎」

尚樹の言葉は待たずに、わたしは背中を向け楓の元へ駆け寄った。