「ははっ、ごめんごめん。俺カッコ悪りぃな」

突然尚樹は笑って、頭をガシガシと掻いた。

「俺、こんなに落としたいって思ったオンナ、いないんだよね。杏が初めてなんだ。どうしようか、ね」

えっと…。そんなこと、わたしも初めて言われたので、どうしていいか分からないんですけども…。

だってわたし、ほんとに普通の31歳ジョシだし。

可愛いタイプでも、美人なタイプでもない。

どっちかっていうと、気も強いほうだと思うし、オトコが守りたいオンナではないことは確かなのに。

「ねぇ、杏。俺に落ちてよ…。碧都選ばないでさ」
「えっ、ちょ。どうして碧都が出てくるの⁉︎」
「…なんとなく、かな」

尚樹の顔はとても苦しそうで、なんて声を掛けていいのか分からなかった。

わたしが碧都を選ぶ…?って、そもそも碧都がわたしを好きになるはずないじゃないっ。

あいつは誰にでも手を出す、チャラ男なんだからっ。

「ちょっとは、落ち着いた?」
「あっ、うん。落ち着いた。ありがとう、尚樹」
「じゃぁ、そろそろ戻ろうか。きっとしん、死んでる」

想像できるのか、尚樹はクスクスと笑いながらドアに向かって歩いた。

「な、尚樹っ」
「ん?なに……⁉︎って…。杏、今……」
「た、ただのお礼だしっ。これがわたしにできる精一杯の、キスっ」

そう、ドアに向かって歩く尚樹の腕を掴み、唇の横にチュッとキスをした。

とてもじゃないけど、唇にする勇気はなくて…。

けど、それが尚樹の心に火を付けてしまったようで…。

「ちょっ、尚樹っ⁉︎」
「我慢してたのに。杏が悪い」

“壁ドン”じゃなくて“ドアドン”

ドアに押し付けられ、何も考える余裕も与えられず。

尚樹がオトコから、オオカミに変わった瞬間だった。

「……っ」
「碧都のキスより、良かった?」

クスッと笑った尚樹は、『落ち着いたらおいで』と、わたしを一人にしてドアの向こうへ行ってしまった。

「碧都のキスより、良かったなんて…。そんなの、知らないわよっ」

でも一つだけ分かったこと。ジョシは“壁ドン”にキュンとするんじゃなくて、ドアでもなんでも、押し付けられたらキュンとしてしまうみたい…。